『臥龍窟日乗』 -59- 万引き
「まったく見っともないったらありゃしないわ。いい歳したオッサンがよ、孫みたいな店長にこんこんとお説教されてさあ」
スーパーマーケットの店員だったヘルパーのAさんが、うんざりした顔で話す。
「生活が苦しかったんじゃないの?」と私。
「それがさあ、身なりはしぁんとしてるしぃ、定年退職した公務員って感じなのよね。しかもそいつ、ほかのスーパーでもやってて、札付きなんだってよ」
なぜか彼女は最後の言葉をひそめた。
事故まえに入居したものだから、わが家の入口には三段の階段がある。私の外出は大騒動だった。にっちもさっちもいかなくなって、3年ほどまえ庭に小屋を設けた。
家族介護も限界に達していて、それからヘルパーさんの数を増やしてもらった。わが家には訪問看護師やヘルパーさん、ボランティアさんなど、いまでは20人ちかい人が出入りしている。人手がなければ生きてはいけない。
生活の場が移ったと同時に、私の所帯道具も引っ越した。看護、介護用品やパソコンなどだ。
やっかいなのが本だった。本は捨てない性分だから、ちょっとした量になっている。「こんな黴臭(かびくさ)いもん、持ってってよ」と家族にせきたてられる。「本は文化だぞ」と抵抗するが、多勢に無勢、資源ゴミに出される惧(おそ)れを感じた。本に埋もれる生活がはじまった。
うちに来てくれるヘルパーさんは、長い人だと14年になる。入れ替わりは少ないほうだ。それでも親御さんの介護が始まったとか転勤だとかで、わずかずつだが辞めていく。
人に恵まれて、大きなトラブルはおきなかった。
本は、時間をかけて分類し、さらに筆者名をあいうえお順に並べて本棚におさめた。こうしておけば新しいヘルパーさんでも、難なく必要な本を探すことができる。「○段目の右から○冊目……」というぐあいだ。
異変がおきたのは2年くらい経ってからだった。
本が無くなっていくのだ。2冊、3冊と抜き取られていく。なぜ分かるかというと、本は隙間なくびっしりと収めてあるから、抜き取られれば一目瞭然だ。あいうえお順なのでだれの本かもすぐ分かる。司馬遼太郎さんや遠藤周作さんが狙われている。
これは私にとって由々しき問題だった。本は息子や娘みたいな存在だ。気に入った本は、いまでも取り出しては読み直す。それが無くなるというのは、身を削がれる思いだ。
前出のAさんに相談してみた。
「それ万引きだわよ。防犯カメラを取り付けるべきよ」
とおっしゃる。
ことはそんなに単純ではなかった。犯人は20人のなかの1人として、防犯カメラをつけることによって、無関係な19人はどんな思いを抱くだろう。「自分も疑われているのか」と思うに違いない。10年以上もかけて培ってきた信頼関係はぶちこわしだ。
世間では20年くらいまえから「本離れ」が始まった。パソコンが普及し、若者が本や雑誌を読まなくなった。一時は30,000店といわれた書店も、最近では8,000店ていどに淘汰(とうた)された。蔵書を古本屋に持ち込んでも、キロなんぼの世界だ。換金が目当てだとは思えない。
「万引きって心の病なのよ。生活のためじゃなくてストレスの発散」Aさんが分析する。
けっきょく本棚の珊(さん)に「持ち出し禁止です」と小さなラベルを貼ってみた。これが反感を買ったらしい。本はどんどん減っていった。相手は確信犯だ。〈挑戦〉である。
私は震えあがった。頸損は無防備だ。行動面でも精神面でも、攻撃にたいして抵抗はできない。
何年かまえにおきた首都圏連続不審死事件を思いだした。ヘルパーの女性が利用者をつぎつぎに歯牙に掛けていった事件だ。被害者の1人は、わが家から300メートルと離れていない。あんなのが、わが家に出入りしていないとは言い切れない。
〈敵〉はだれだ? 詮索が始まる。だんだん疑心暗鬼に染まっていく自分をうとましく感ずる。最悪のスパイラルだ。
千葉県:出口 臥龍
膀胱ろうカテーテルからの漏れ、固定について
「はがき通信」175号で、戸羽さんの“膀胱ろうカテーテルのズレ防止”の投稿を見ました。私も膀胱ろうを造って20年が過ぎましたが、悩みはいまだに続きます。私は造った当初、血尿とひどい尿漏れに悩まされ、外出をするのが憂鬱でした。はがき通信懇親会でひどい尿漏れがあり、松井先生に相談すると同じように困っている人がいると聞き、何人かの情報をいただきあたってみましたが、良い解決策はありませんでした。
そんなころある情報誌に、中部労災の看護師さんが執筆された膀胱ろうの記事を見つけ、さっそく電話で問い合わせてみました。すぐていねいな回答の資料に、温かい手紙が添えられ送られて来て、希望が見えた瞬間でした。大きなミスが分かりました。私が使っていたカテーテルはゴムということ、しかも膀胱ろう専用でない。さっそく医師に相談しましたが「このシリコンが良いとは知っていたが、コストがかかるのであなたのために選択しなかった」と知識不足をごまかされた感じでした。
すぐに病院を変え、中部労災から教えていただいたカテーテルに変更していただき、尿漏れ、血尿は軽減、お腹の過反射からくる筋緊張も楽になりました。
でも、このカテーテルは、透明ではないため詰まりが分かりにくく、医師が似たようなもので透明なのを探してくださり変更。富士システムズ ファイコン・膀胱ろうバルーンカテーテル。しかし、尿漏れは続き、内視鏡で見ていただくと膀胱は小さく変形、カテーテルの先が膀胱壁にあたって少し曲がっていて、尿が流れる穴をふさぐような形になっていました。
当たらない場所が1箇所見つかりました。挿入深さは、軽く引っぱって止まるメモリ4,5cmくらい。その位置から少しでもずれると反射、尿漏れがあるので、ずれたり動かないようにテープ固定の仕方を工夫することとなりました。
試行錯誤の結果、カテーテルにていねいに1回ぐるっと巻き付け、ギュギュっと指でしっかり貼り付けるということに。より外れにくいようにと試行錯誤の結果、お腹とカテーテルをくっつけたほうがいいのではと、このような切込みを入れることによって、カテーテルにしっかりと貼り付くようになりました(写真①②)。
①
②
テープは、かぶれにくい『協和カブレステープU』です。すぐに処置できるようにと看護師さんのアイデアで、カテーテル固定用とガーゼ用と、このようにバインダーに予備を作ってあります(写真③)。
③
その後、転居で病院が変わり、富士システムズのカテーテルが進化され、もっと柔らかい素材に変わり、刺激が軽減されたのか尿漏れがぐ~んと減り、カテーテルの折れや衣類での締め付け、浮遊物の詰まりなど気を付けること、水分補給、膀胱の緊張を緩める薬の服用で、ほとんど解消しました。
※ファイコン 富士システムズ(株)『膀胱ろうバルーン フラットタイプXS FR-20(6,7mm)<商品番号>0216520』
広島県:M.K.
「はがき通信」の長期的継続は困難です!😢
編集担当の戸羽です。
私は、ネット版「はがき通信」で“3人目の編集担当”の募集記事を見て、2014年9月に、まずはどの程度お役に立てるかはやってみないとわからないので研修生から始めるということで、スタッフの仲間に入れてもらい、現在に至っています。あと4ヶ月ほどで満5年になります。早いものです。
編集担当へ応募した時点では、誌面版の存在を知らず、「はがき通信」はネット版のみだと思っていました。ですから、当然のことですが、ネット版用のファイルを更新するのが編集担当の仕事だと考えていました。HTMLファイル(ウェブサイトをブラウザに表示させるためのファイル)の記述は未経験でしたが、以前から興味がありましたので、新たなスキルを身につけるための挑戦のつもりでいました。ところが、仕事内容の説明を受け始めてから誌面版の存在を知り、ワープロで誌面版の版下作成をするとのことで拍子抜けしたことを覚えています。
昨年8月号の編集後記と昨年12月号《ごあいさつ》で、編集担当の仕事量を減らすため、また、「はがき通信」の“情報交換の場”という本来の目的を活性化するために、読者の皆さんからの自発的なご投稿をお願いする旨を強く呼びかけました。
その後、数人の方から、自発的にご投稿をいただけました。本当にありがとうございました!
しかし、その人数は、この半年の間で全体の読者数のほんの1%であります。2017年7月~2018年7月の1年間で、ネット版トップページのアクセスカウンターを毎日記録した数値をもとにした推計ではありますが、ネット版の固定的な読者数が600人ぐらいはいらっしゃると考えています。これに誌面版定期購読者の約200人を加えて、全読者数は800人です。
自発的ご投稿が増加傾向にない現状を見ると、残念ながら「はがき通信」の存続を希望されている読者は、極めて少数であると感じざるを得ない状況になっています。
「はがき通信」を継続するために必要なものは、資金ではありません。
誌面版の購読料は、印刷や発送および広報施策等に必要な経費相当額のみであり、そこから利益は生まれません。ネット版は、「公益財団法人 日本障害者リハビリテーション協会」からウェブサーバーを無料で借りており、コンテンツ更新はスタッフが実施しているので費用はかかりません。ですので、誌面版購読者とネット版閲覧者は、同格の読者です。「ネット版を無料で読むのはズルい」という発想は正しくありません。
「はがき通信」を継続するために必要なのは、読者の方々からの自発的なご投稿です。毎号、全読者の2~3%の方から近況報告や情報提供依頼など、いろいろなご投稿をいただくことによって、それが“情報交換の場”という本来の目的を活性化することにつながっていきます。編集担当の仕事量を減らすことができ、スタッフのモチベーションも向上します。
スタッフのメンバーは全員が頸髄損傷当事者で、読者の多くの皆さんと同じ四肢マヒです。満身創痍(そうい)で、「はがき通信」の誌面版発行およびネット版更新に取り組んでおります。ですが、環境変化や歳を重ねるにつれてADL(Activities of Daily Living = 日常生活行動)レベルが下がってきていますので、仕事は段々とキツくなってきています。スタッフの後継者を見つけるのは現実的に無理だと考えていますので、このまま状態が好転しなければ、あと3年ぐらいで「はがき通信」は終わりを迎えることになるでしょう。
そのあとは、FacebookなどSNSで「はがき通信」アカウントを新設して、懇親会などの情報交換をおこなうことになると思います。
とはいえ、1号でも長く「はがき通信」を継続していけるよう努力してまいりますので、皆さんのご協力をどうぞよろしくお願いいたします!
以上、「はがき通信」の実状を皆さんに知っていただきたく、編集担当の一員である戸羽の個人的な見解として書かせていただきました。
編集担当:戸羽 吉則
……してやれないのは辛い
今冬、高校時代からの友人から寒中見舞い状が届いた。それを読んで、胸が詰まって涙が止まらず、しばらくは眼鏡の曇りを拭うことも忘れていた。
そこには、“妻が体調を崩し入退院を繰り返し、10月の手術が終わった後、余命宣告があり看病に明け暮れる日々が続き、慌(あわ)ただしい年の瀬となり、新年のご挨拶もできず心苦しく……”〟とお詫びの言葉に続き、“今は安定した症状にあり、限りある命に必至に向き合い、病床にある……”と書き添えられていた。
我が家は高齢夫婦の二人暮らし。通常は洋間で過ごすが、起床、就寝、入浴、排泄等々私の介護のためにヘルパーが入っている時間は、妻は座敷で過ごす習慣になっている。なので、妻が患ったら終日座敷で臥せることになる。
ある日妻が、どうも体調がおかしいと言いながらも家事全般をこなし、風邪かも知れないと数日様子を見ていたある朝、私がヘルパーのモーニングケアで離床して相当時間経っても姿を見せない。急に胸騒ぎがして座敷に様子を見に行くが、戸を開けることができず声高に呼んでみた。細い返事が聞こえ、戸が開いて現れた妻の眼窩(がんか)は窪み、目はうつろに泳いで足元もおぼつかない様子に急遽(きゅうきょ)、当時まだ同居していた息子の付き添いで受診。インフルエンザとのことで、点滴のせいもあってか多少元気が戻った面持ちで帰って来た。
私は、ケアマネージャーとヘルパーに来てもらって、家事援助の提供を依頼して、ほぼ希望に近いサービス提供を確保。とは言え、私に関わる事項のみに限定される。
その後数日間、妻はよろよろと自分自身のことをしながらも、私の世話も気になるらしく、何かしらしようとする姿が痛々しい。
咳き込めば背中でもさすってやりたい、食欲がなければ粥(かゆ)でも作って食べさせてやりたい、汗が出れば拭いてやりたい、頭が痒(かゆ)そうにすれば掻いてやりたい、トイレに行きたいと言えば支えてやりたい……でも何一つしてやることができず、流れ落ちそうになる涙をこらえて、ただ見守ってやることしかできない障害の体が恨めしかった。
だが、友人にはそれができる。心行くまで納得できるまで看病してやれる君は幸せだ……そう言いたかったが、〝余命〟と言う字に憚(はばか)られて連絡はとらずに来た。
年のせいか、新聞のお悔み欄に目を通す習慣がついてしまい、知った名前がなければ平穏な気になる。最近、友人と同姓で、近い年頃の女性の名が載っていて瞬間ショックだったが、寒中見舞い状を確認して思い違いだと分かって胸をなで下ろした。そのホッ!とした余勢をかって電話をしたら、元気そうな声が返って来て、その雰囲気にあえて奥さんのことは聞かなかったが、落ち着いたら会いたいなぁと言い合って切った。
妻は、その後心臓の大手術をし、今は毎月1回の管理受診をしているが、比較的元気に過ごしている。
5月、結婚56年を迎え、頸損年齢の方が大分長くなったが、ひたすら妻の健康を祈るばかりである。“……してやれない”はもう御免だ。
佐賀県:K.N.