No.175 2019.2.25
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 『臥龍窟日乗』-57-母の形見 

 母が死んでから、まもなく1年になる。この1年は母の人生って何だったんだと、そればかり考えていた。
 心にポカーンと穴が開いたまま半年が過ぎたころ、妻が形見の話を持ち出した。入院生活が長かったが、まだ意識がはっきりしていた時期に、母に託されたというのだ。A4サイズの茶封筒には三つの品が入っていた。
 一つは母の弟の写真。柔道着を身に着けた坊主頭の青年だ。終戦の前年、17歳で海軍に志願した。両親や姉がつよく反対したが、
「本人が行きたいゆうんやから、行かせたらええやないの」
 と母だけが後押しした。少年兵として駆逐艦の乗組員となったが、台湾基隆(きいるん)沖で戦死した。「おまえが殺したんや」と両親になじられ続けた。幼い私はことあるたびに母からこの話を聞かされたものだ。
 実父ではなく、実母でもなく、後生だいじに母が守り続けてきたのは、戦死した実弟の写真だった。
 戦後、戦地から引き上げてきた父と職場結婚した。化学肥料会社の工場で母は所長秘書だったから、平社員の父より高給だった。
 酒は一滴も呑まないという触れ込みだったが、なにが気に入らないか、毎晩父は浴びるほど呑んだ。ぐでんぐでんに酔っては、母を殴り蹴った。
 私の左手首には火傷の跡がある。赤ん坊の泣き声がうるさいと、酔った父が焼け火箸を当てた。小学校4年生のころ、一度だけ母が打ちあけた。高熱が引かず死ぬかと思ったそうだ。
 も一つ不思議だったのは、小学校に上がるまえの私と父が写った写真は、二人をことごとく剃刀(かみそり)で切り離してある。新聞紙をテープ状に切って、一枚一枚ていねいに写真の裏を貼り合わせてあった。自分は父の子じゃないのかと母に問い詰めたが、母は涙ぐんで否定した。
 父の狼藉(ろうぜき)は私が中学生になるまで続いた。あるときべろべろに酔って帰ってきた父の襟首をつかみ、家から引き出し投げ飛ばしてやった。父は道路の真ん中で大の字になってさめざめと泣いた。この一件いらい父の酒乱は減ったが、私が大学に入って別居してから、また元に戻ったらしい。
 平成16年1月12日、私は台湾で事故に遭い頸髄損傷になった。その年8月、父は肺炎で息を引き取った。私を見舞いに来る母は、「いまでもお父さんが枕元に現れるよ」と苦笑いした。
 形見の茶封筒から二つ目に出てきたのは、なんと父の軍人手帳だった。唖然(あぜん)とした。信じられなかった。どんな気持ちで、母はこんなものを形見にしたのだろう。
 はじめて目にする軍人手帳は、浅黄色っぼい名刺大の布製で、なかの紙ベージには姓名、生年月日、本籍、所属部隊名、階級につづき、昇級ごとに手書きの文字が書き込まれ押印されていた。蛇蝎(だかつ)のように嫌っていた父の遺品をなぜ残したのだろうか。
 ただ一つ憶測できるのは「家」の崩壊を畏(おそ)れたのではなかったか。長男である私にしっかり「家」を継げというメッセージのように思われた。
 私と弟のまえで、母は口癖のように言っていた。
「お父さんは一家の大黒柱なんよ」
 自らは土嚢(どのう)のように殴られ蹴られしながら、母は「家」の存続を本当に願っていたのではなかろうか。
 形見の品の最後は表紙の掠(かす)れた地方銀行の預金通帳だった。老齢の女性が持つものにしては、ちょっとまとまった預金残高だった。浪費を決してしない人だった。
 預金をおろそうと銀行に足を運んだ。ところが親子関係が立証できないと断られた。母の出生いらいの戸籍謄本を揃えよということだ。むかっときたが、相続権を持つ子が別に存在する可能性もあるという論法だ。一理ある。
 母の来歴をさかのぼる作業のなかで、思いがけない事実が明らかになった。なぜ父が結婚後、酒に溺れてしまったのか。なぜ父が私の手首に焼け火箸を当てたのか。なぜ私と撮った写真のことごとくを切り裂いたのか。そのほか思い当たる数々の出来事が、この事実に符合する。重い現実があった。
 辛い作業ではあるが、これはやはり作品として書き残しておくべきだろう。

千葉県:出口 臥龍

 本の紹介:『鼓動が止まるとき』、『心房細動のすべて』 

 昨年12月、心臓病に関する本『鼓動が止まるとき』と『心房細動のすべて』が発売、前書は世界的に著名な英国の心臓外科医の翻訳本、後書は日本の心臓専門医による新書版である。
 『鼓動が止まるとき』は発行元の「みすず書房の本棚」で知った。1万2千回もの心臓手術を手掛けたカリスマ外科医の自伝的エッセイとして。本書の副題には「1万2000回、心臓を救うことをあきらめなかった外科医」とあり、「私にはいつものオフィスでの一日が患者にとっては人生の最終日。それが、心臓外科手術だ。」、「人工心臓手術のパイオニアとなった破天荒な外科医が挑み続けたいくつもの生と死の分かれ道」とある。訳者は小田嶋由美子氏、和訳の監修者、勝間田敬弘氏は、著者スティーブン・ウェスタビーの下で4年間修業し、本書で著者に「自身の右腕」と称された胸部外科医である。
 昨年はたまたま身近に手術が必要な心臓疾患の例があり、本書に感心をもち、入手、さっそく読み始めたら、まるで推理小説のようで止まらなくなり、300ページを超える分量だったが、一気に読了した。この本は、心臓の機能を理解するうえでも有益だし、読み物としても面白い。
 著者は、心臓に愛着を感じる。「まず、見ていて楽しい。そして、私は、それを眺め、停止させ、治して、再始動するのが好きだ。」「心臓は全部違っている。よく太ったもの、ほっそりしたもの。……拍動が速いもの、遅いもの。とにかく一つとして同じ心臓はない。」
 「人間の心臓のおもしろいところは、その動きだ。この臓器のリズムと効率性。……心臓は1分間に60回以上拍動し5リットルの血液を送り出す。1時間で3600回、24時間で8万6400回になる。1年間で3100万回」、「毎日心臓の左側と右側から全身および肺に6000リットル以上の血液が送り出される。膨大なエネルギーを要する驚くべき仕事量である。」そう、その機能があるからこそ、私たちは生きていられるのだ。反対にその機能に支障がでてきたら、私たちは話すことも動くことも難しくなる。
 著者が担当するのは心臓に不具合が起き、生存そのものが困難になった最重症患者、心臓の不具合をいかに取り除き、患者を生還させるかが心臓外科医の課題という。その具体的な取り組みを著者は1万2000回の手術体験から最も困難な救命だった例、新技術である人工心臓導入の糸口となった例など、10数例を1例ずつ物語のように紹介する。
 例えば、「バッテリーに頼る命」では、ウイルス性拡張型心筋症による心不全末期の男性、過去2回心臓移植を申請するも拒否、1回目、55歳の時には心臓移植するほど重症ではないと拒否、2回目の審査では症状が重すぎるという理由で拒否された。その彼が最後の望みを託して、新タイプ人工心臓の治験に応募、著者と出会う。
 その人工心臓は、血液を体内に送り出すポンプを心臓に埋め込み、そのポンプを動かす電気プラグを頭部に埋め込み、首と胸にケーブルを通して電力を送る。外付けのバッテリーとコントローラで操作、バッテリーは8時間置き、1日3回交換が必要、彼は人間への最初の適応例、人工心臓によって生き返り、術後わずか11日で自宅退院、体力回復後、ピアカウンセラーとして活動開始、外付けバッテリーとコントローラをショルダーバッグに入れてバーゲンセール中のデパートで買い物中、どろぼうにショルダーバッグを奪われそうになったり、何度も危機状態に陥りながら、バッテリーに頼りながら人工心臓で16年生存し、社会活動を可能にした。
 「アンナの物語」のアンナは左心房を塞ぐほどの巨大腫瘍、粘液腫のため、20台後半からたびたび脳塞栓(そくせん)を発生、著者の手術によって巨大腫瘍を無事摘出、その後、再発を繰り返し、そのつど開胸手術で腫瘍摘出、心臓移植は構造的理由から対象外であり、5回目の手術後、やっと再発なしで10年経過した事例、アンナの粘液腫は僧帽弁にぶつかりはがれやすく、はがれ落ちた小さな破片が脳梗塞の原因となるので、再発のつど摘出。血栓と脳卒中は救命の戦いではいつも不吉で恐るべき天敵と著者は強調。
 本書で取り上げられた事例はすべて極めて重篤で手術以外の選択肢がない患者、結果は手術スタッフ全員が諦めかけたのに助かった成功例のみでなく、術直後の死亡報告も少なくない。しかし、術後の死亡は手術ミスによるものはめったになく、大半は心臓の悪化であると著者は主張する。心臓の手術はその自動的な動きを停止させて行うので、手術で心筋から血液が奪われる時間が長いほど、術後の回復が悪くなる。
 著者が実施する手術は、前例のない極めてハイリスクな方法を選択することが多い。病院の上層部は手術の失敗を恐れ、彼の挑戦を常に苦々しく思っている。できれば著者を追い出したく、解雇の脅しをかける。しかし、著者はなによりも患者の救命の可能性を優先し、官僚的な手続きは無視する。さらに驚くのは、時に救命のための高額な医療費を自身の研究基金から支出する。英国のみならず世界的に有名な心臓外科医だそうだ。
 2冊目は古川哲史著『心房細動のすべて-脳梗塞、認知症、心不全を招かないための12章』新潮新書、本書はなぜ今、心房細動か、そのリスクと予防法を理解できる啓蒙書である。著者が強調するのは、高齢化に伴い増加する心房細動が脳梗塞、認知症、心不全を引き起こす要因となること、とくに、心房細動由来の脳梗塞は、脳梗塞中最重症タイプとなる。
 心房細動は不整脈、動機、めまい、息切れを伴うが、とくに問題なのは自覚症状のない心房細動である。無治療の隠れ心房細動が如何に危険であるか、その予防策として著者は、60歳過ぎたら、毎日決まった時間に脈を測り、不整脈の有無を自己診断する習慣を身につけるようにと推奨する。

千葉県:松井 和子

 全員参加企画
いいモノ見つけた! ~31~

【Bluetooth トラックボールマウス】


 2018年4月に日本国内メーカー「ELECOM」から販売開始されたトラックボールマウス「DEFT PRO M-DPT1MRBK」 を紹介いたします。
 パソコン入力にトラックボールを使用されている方、また使用を検討されている方の参考にしていただければと思います。

 この製品の主な特徴は次の3つです。
〈1〉 Bluetooth方式と独自方式の2種類の無線接続が可能。(USB有線接続も可)
〈2〉 ボールが大きく、左右の中央に配置されている。
〈3〉 8つのボタンのすべてに好みの機能を割り当てることができる。

【〈1〉について】
 Bluetooth方式は汎用USBアダプターもしくは内蔵Bluetooth機能でペアリングして使用します。
 独自方式は付属される専用USBアダプターを接続するパソコンに挿して使用します。
 数年前に、独自方式の無線トラックボールマウスを購入したことがあります。接続可能距離が1mとなっていましたので、パソコンのすぐそばで使用しましたが、動作しませんでした。手のひらでボールを転がすのですが、そのときに指が前面を覆ってしまい、電波を遮っていたのだと思います。
 Bluetoothの場合はこういった問題は発生しません。
【〈2〉について】
 ボールの大きさは Kensington 製のトラックボールでよく搭載されているものと同等で、とても回しやすいです。
【〈3〉について】
 マウスの形状は左右非対称で、左側面がほぼ平面で5つのボタン類が配置されており、右側は傾斜面にボタンが1つ、そして上面のボール周りに2つのボタンが配置されています。
 これら8つのボタンを専用ソフトウェアでカスタマイズできます。



 専用ソフトウェアを起動しない状態の基本ボタン割り当てを柔軟に変更することができます。また、3つまでの同時キー入力を割り当てることができます。[Ctrl]+[X](切り取り)、[Ctrl]+[C](コピー)、[Ctrl]+[V](貼り付け)など、よく使うショートカットキーを割り当てると便利です。
 私は、左側面のボタンにゴム板を小さく切って貼り付けて押しやすくしています。



 通販の実勢価格は7千円です。(価格.com 1月中旬最安値)

編集担当:戸羽 吉則



【編集後記】

 読者の皆様、明けましておめでとうございます。今年1年が皆様にとって良い年になりますようご祈念いたします。

 「はがき通信」は2月号が新年号でして、このような時期に遅い新年ご挨拶になってしまいました。
 昨年12月号で出口臥龍さんのご投稿やマスコミ記事で、脊髄損傷治療にむけた神経細胞などの再生医療の臨床適用開始についての紹介がありました。
 慶応義塾大学の岡野先生は10年前から「5年後の臨床治験開始を目標に!」と言い続けておられましたが、ついに実現されたことに敬意を表したいと思います。
 慢性期患者への適用は、急性期の患者で成果確認したあとの数年後になると思いますが、私はあきらめずに待ち続けます。術後はリハビリテーションが大変だと聞いています。その苦痛に耐える精神力が残っているときまでに実現され、自分の順番が来てくれることを祈り続けたいと思います!

 次の4月号の編集担当は さんです。
 特集企画『四肢マヒ者の創作活動(その2)』がありますので、読者の皆様から多くのご投稿をいただけますよう、ご協力をよろしくお願いいたします!

編集担当:戸羽 吉則


………………《編集担当》………………

◇ 瀬出井 弘美 神奈川県 E-mail:
◇ 藤田 忠   福岡県  E-mail:
◇ 戸羽 吉則  北海道  E-mail:
  

………………《広報担当》………………

◇ 土田 浩敬  兵庫県  E-mail:

メールアドレスが適切に表示されない場合は、こちらへ

(2017年2月時点での連絡先です)

発行:九州障害者定期刊行物協会
〒812-0024 福岡市博多区綱場町1-17 福岡パーキングビル4階
TEL:092-753-9722 FAX:092-753-9723
E-mail:qsk@plum.ocn.ne.jp

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