通院介助&拙歌一首
先日の福岡での懇親会、楽しいひと時を過ごさせていただきありがとうございました。 今回の投稿も介護に関する制度へのもやもやで恐縮です。通常、リハビリや簡易な受診は電動車イスで行ける範囲は1人で通院している。しかし、遠距離の場合やや受診治療などに時間を要する場合は、移動や院内での付添いの利便のため、もう何年も前から自立支援制度の地域生活支援事業の移動支援を使って、移送事業と介護事業を併設する社会福祉法人事業所を利用してきた。 付添いのヘルパーが運転する車(リフトカー)で移動し、病院内はそのままヘルパーが付添ってくれる。経費的には、移動時間は、事業所所定の走行キロ計算でいわゆる福祉タクシーと比べてもたいへん割安である。病院内の付添い時間は、町が定めた算定料金の1割負担になる。 最近、町内の耳鼻科医院を電動車イスで1人で受診したところ、検査室の入り口の関係で大きい電動車イスでは入れませんでした。自走式車イスで移動支援を使って再受診しようと思ったら、役場の担当者曰く「移動支援の適用はできないので居宅介護の通院介助を利用するように」ときた。 理由は、居宅介護利用者(私はホームヘルプサービスを受けている)は、移動支援ではなく居宅介護の通院介助を適用することになっているらしい。通院介助は、病院内の付添いヘルパーの報酬は算定されない。遠距離もあるし受診が長時間の場合もある。このような環境にヘルパーを派遣する事業所があるだろうか、また、車(リフトカー)は待たせておくか帰路は別の車を探せと言うのだろうか。 制度利用に固執するあまり、少しナーバス思考なのかも知れないが、なんとも不可思議な制度である。自立生活されている方をはじめ、通院経験のある方は多いと思います。どのような方法をとっていらっしゃるか、できればメールなどいただければありがたいと思います。 [拙歌一首] 次の世もこの母の子に生まれるべし 幸ならずして今は生き継ぐ 受傷して1年半余の入院闘病生活を、泊り込みで支え続けてくれた老いた母。何一つ孝行らしいこともせず、苦労ばかりをかけた母。その母の命を生き継ぎながら、遺影を見るたびに次世の孝行を心に誓う日々です。 佐賀県:K.N.
『臥龍窟日乗』−一日だけ生きればいい−
辛い冬が、今年もまたやってきた。 暑い夏も敵(かな)わないが、冬は私にとって地獄に等しい。テレビの画面に天気予報が出ると、瞬時に最低気温に目が走る。 明日の気温が零度とか零下だと言われると、もうその情報だけが脳にインプットされ、身も心も縮み上がってしまう。悲しい習性が身に付いたものだ。 この稿が出る頃には、受傷9年目になる。事故の後、家族は、 「5年も持てばいいとこでしょう」 と医師に言われたそうだ。9年は、いささか生き過ぎた感がなくもない。だが、この10数年の医学の進歩は瞠目(どうもく)的で、すでに半世紀を生き抜いてきた方もいらっしゃる。 頸損、脊損の後遺症状は患者の数だけある。 C3−C4である私の場合は、朝目覚めてから夜寝付くまで続く呼吸障害、ワイヤーで縛り上げられたような強い痺(しび)れと痛み、気圧や気温によって目まぐるしく変わる血圧と体温、投げ出したままの仕事への思い、世の中に取り残された焦燥と不安。 これらが混然(こんぜん)となってストレスになる。このストレスがハンパじゃないのだ。 なまじ外傷がないから、辛さは当人しか分からない。苦痛から逃れるために、どうすれば死ねるか、そればかり考えていた時期もある。 いくぶん楽になってきたのは、4年目の半ばくらいからだろうか。医学書にはこれを「受容」と書いてある。運命だから諦めよと言うことだろうが、そんなものではない。まだまだ人生諦めるわけにはいかない。 鬱状態は相変わらず、ひと月あまりも続くが、その後、1週間くらいの躁(そう)がはさまる。人間が本来持っているバイオリズムなのかもしれない。脳や身体が慣れてくるということもあるのだろう。 悲しいことに人間というヤツは、痛みや苦しみは疎(おろ)か、不幸や貧困や生地獄ですら、いつのまにか順応してしまう。 水上勉さんの晩年の作品を読んだ。85歳で亡くなる5、6年前の自伝だ。『泥の花』という。自分の手で筆を執ることができず、口述したものを編集者がまとめた。 大作家の口述を文章化するのだから、出版社の中でも手練(てだ)れの編集者が担当したはずだ。 中に1か所、どうしても理解できない件(くだり)があった。なんど読み返しても辻褄(つじつま)が合わない。整合性がないのだ。思考の回路が壊れかかっていた。 いちゃもんを付ける積りなど毛頭ない。編集者の難渋する顔が目に浮かぶ。一流の編集者なら、辻褄を合わせるくらい朝飯前だったろう。 だが大作家の作品だ。文学として歴史に残る。筆を入れることに、腰が引けたのだろう。おかしいとは思っても、そのまま出すという無難な道を択んだのではあるまいか。 こういう事例を目の当たりにするのが辛かった。年をとれば、人は例外なく壊れてゆく。四肢麻痺のまま、認知症や脳卒中を患ったらどうなるのだろう。 人格という精神の抑制が外れてしまうと、人間はどこまで堕ち込むか。受傷後の4年間、いやというほど味わってきた。 思い出すだに、おぞましいことだった。 「一日だけ生きればいい。明日、明後日のことを考えるから面倒になる」 水上勉さんが遺(のこ)した言葉である。今日1日を充実して生きよ、ということだろう。 明日のこと、明後日のこと、1年後のこと、10年後のことを考えるから、人間は不安になり、疑い深くなり、絶望する。今日1日の命だと思って精一杯生きよ。そして明日の朝、目が覚めたならば、明日1日を充実して生きよ。そういう意味だろうと思う。 その結果、1年生きられれば、有り難いと思おう。10年生きられれば奇特なことだと感謝しよう。半世紀生きられれば、これはもう神の思し召しだと考えるほかない。 千葉県:臥龍 ひとくちインフォメーション
◆掲示板 介護車両売ります メルセデスベンツのキャンピングカーです。福祉介護用に改造してあります。排ガス規制(ディーゼル車)で使えなくなるので手放します。車両後部に全自動リフター(工賃込100万)が付いています。電動車イスもらくらくOKです。身長1m70cmくらいの人が立ったまま介助できます。居住性バツグンです。ただし横揺れがあります。コーナリング、登り坂の馬力など、さすがベンツです。 ◇車種:ベンツ・トランスポーター(9人乗り) ◇登録年月:平成13(2001)年1月(中古) ◇走行距離:5.3万キロ弱。 ◇価格:280万円 ◇自家用・身体障害者輸送車 ◇リフター搭載(和光工業のスーパーリフトGシリーズ) ◇燃料:軽油(ディーゼル車なのでガソリン車の半値位) ◇総排気量:2870cc ◇車検:平成24(2012)年12月26日まで有効 ◇大きさ:縦558cm、横194cm、高さ257cm ◇タイヤ(4本とも)ほぼ新品。ナビ、テレビ、交流電源付いています。災害時、家電製品使えます。 ※注意:ディーゼル・エンジンなので、大都市部やその周辺県、政令指定都市では登録できません。関東だと東京、神奈川、埼玉、千葉では車検取れません。地元の陸運局で確認してください。取りに来てくださる方、ご連絡ください。 編集部注)双方が直接連絡を取り合いお取引いただくことになります。お取引などは各自の責任で行ってください。また、取引に関するトラブルなどは一切関知いたしませんのでご承知願います。高額なこともあり、くれぐれも慎重にお願いいたします。 ◆本の紹介 『ワラをも掴め!!——頸髄損傷を生きる 』 出口臥龍(でぐち がりゅう)著 出版社:㈱ブックコム 定価:1500円+税 【紹介文】 話は平成16年に台湾にて、事故で頸椎損傷する日からはじまる。頸椎を損傷すると誰でもドラマチックなことが待ち受けているが、そのことを誰でも本にできるかというと、文章にでき、身に起こったことをさらけ出せるかは別の話で、とにかく何でも本人のみならず娘さんの病気のことや家族介護での修羅場まで赤裸々にさらけ出している。 私は九州一円からせき損者が搬送されるせき損センターに24年前に入院し、「受傷してどこの病院に入院するのかで大きく違ってくる」と聞いたことがある。2週間後からベッドごとリハ室に運ばれてリハビリが開始され、まわりは同じせき損患者ばかりで、退院後の通院者やまわりから否応なく情報が入ってきた。ところが著者は外国で受傷して大病院にて一命をとりとめ、受傷1ヶ月後に帰国、その後何度も病院を転院するも、脊髄(頸椎)損傷者はいなくて頸損者の情報もなかったそうだ。 目の前の懸念事項に投げやりにならずに、受傷間もない頃に人工呼吸器を使用しての困難な帰国、不本意な判決により2審裁判に出廷するため8度も訪台、詰め将棋の法廷、納得いかないリハビリの模索、文章を記すための悪戦苦闘、頸損者宅へ訪問のことを、『ワラをも掴め』とばかりに持ち前のバイタリティーで、どのような思考をして、行動していったのか、読みやすい文章で書かれている。 障害者文学のオーソリティの故中嶋虎彦さんにならって「お涙ちょうだい」と「どっこい生きてる」に分けると、「どっこい生きてる」だと思う。 編集担当:藤田 忠 【筆者コメント】 前作『今ひとたびの旅立ち』は、30年に亘る旅行記の仕立てになっていますが、今回は事故そのもの、頸髄損傷とがっぷり組んで書きました。 頸髄損傷というのは、身体的疾患であると同時に、精神的疾患でもあります。現在の医療制度では身体的支援が中心ですが、『心の病』には全く目が向けられておりません。 『心の病』つまり鬱病については誰も書きたがりません。自分の恥をわざわざ曝(さら)すようなものだからです。けれど、ほとんどの頸髄損傷者にとって、最大の苦行であろうと思います。 今回は当人と家族の『心の闇』に光を当ててみました。「ウチだけじゃないんだ」と一人でも思っていただければ、恥を曝した甲斐があろうというものです。 【編集後記】
写真についてのご連絡です。 原稿に添えての写真、または「写真だより」を添付ファイルにて送信されるときは、メールのサイズ(添付ファイルとメール本文を含めたメール総容量)が10MB=10240KBを超過すると差出人に戻ってくるようです。写真が多いときは何回かに分けて送信して下さい。一度に送信できる目安として、おおよそ(大きい辺が)3000ピクセル以上は1度に2、3枚、(大きい辺が)1600ピクセル以下は、1度に7、8枚送れます。また、大きい辺が1200ピクセルくらいあれば、誌面に印刷したときに粗くなりません。 原稿とできるだけ多くのデジカメ写真や郵送でのプリントした写真もお待ちしております。どうぞよろしくお願いいたします。送付されたプリント写真を返却希望の方は返却させていただきます。 次号の編集担当は、瀬出井弘美さんです。 編集担当:藤田 忠
………………《編集担当》……………… (2012年4月時点での連絡先です) 発行:九州障害者定期刊行物協会 |
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