『臥龍窟日乗』 —ヒマラヤトレッキング—
山か海かと尋ねられればためらうことなく海と応える。海のそばで生まれ少年時代を磯辺で戯れて育ったせいか、おおげさにいえば海は心の原点だとすら思う。いや思っていたというべきかもしれない。ただ山について知らなかっただけである。 中年になってからマウンテンバイクの本を発行し始め、全国津々浦々を巡るようになった。思い出深いところでは北海道中央部の層雲峡、知床半島の羅臼、八甲田から白神山地、奥羽山脈、谷川、白馬、八ケ岳、黒姫、黒部、富士山、奈良から熊野三山、中国山脈、四国横断、阿蘇外輪山、高千穂、沖縄の山原。島嶼部(とうしょぶ)では八丈島、隠岐島などである。 海というのは水に入るとある種、官能的な心地よさを覚えるものだが、山の場合、視覚、聴覚、空気感などによって体に滲入(しんにゅう)してくる爽快感はまた別種のものだ。 「山っていいなあ」 と感ずるようになって以来、努めて山に関する本を読み始めた。森田勝や長谷川恒男などの本格的なものから推理小説みたいなものまで手当たり次第に読んだ。 その頃から仕事でヨーロッパを周回することが多くなったが、ドイツからイタリアに移る飛行機は夕方の便を選ぶことが多くなった。スイスアルプスを越えるとき、天に向かって突き上げる剣のような連峰が、夕日を浴びてピンク色に染まっている光景は神々しくさえあった。 圧巻はインドのニューデリーからカシミールへ向かったとき。山間の谷にある空港に着陸するため何度かあたりを周回するのだが、K2をはじめとする6〜7000メートル級の山々が魚眼レンズのごとく目前に迫ってきた。そのド迫力。神々の領域に踏み込んでしまったような慄(おのの)きと同時に、なにか圧倒的な力に押し潰されそうになって、はらはらと涙がこぼれ落ちた。 山への憧憬(どうけい)はスイスアルプスやヒマラヤに拡大されていった。夢枕獏(ゆめまくらばく)さんの、エベレストを題材にした推理小説でジョージ・マロリーを知った。彼はイギリスの登山家で1923年6月8日、エベレストで遭難。1999年、別の登山隊によって遺体が発見されたが、体は凍結して蝋(ろう)人形のようになっていたということだ。 『空へ〜エベレストの悲劇はなぜ起きたか〜』(ジョン・クラッカワー著)という本が刊行されたのは、遺体発見の前後だったように思う。カネを取ってエベレスト登頂を請け負うというグループの存在にも驚いたものだが、下から仰ぎ見れば荘厳なエベレストも、数百体の登山家の遺体、空の酸素ボンベ、食い散らかした食品のごみ、人やヤクの凍った糞便などで汚れきっているという信じがたい事実。あこがれていた恋人の裏面を知ったような衝撃であった。 美しいものは遠くから観るに限る。 気力、体力ともに自信はないが、いずれリタイアしたときにはヒマラヤの裾野(すその)でも歩いてみたいと考えるようになった。 昨年暮れから新しいヘルパーさんが入った。日本山岳会に所属している人だが、ご本人は「裏方さんばかりやっていた」と謙遜(けんそん)する。しかし話を聞くにつれ、ヒマラヤの高峰登山隊には何度も参加しているようである。地理ばかりではなく、現地人は部族によって帽子の形が異なるなど民俗学的なエピソードにも詳しい。 週に1度だが、この人が来てくれるのが楽しみになってきた。本でのみ仕入れた頭でっかちな知識に、根が生え葉がついてくる。 年末にネパール政府が発行したポスターが手に入るので持ってきましょう、という話であった。あまり期待はしていなかったのだが、カシミールの上空で目にしたと同様のポスターをほんとにもってきてくださった。早速アルミのフレームをあつらえ、毎日、目の保養をさせていただく。 いつかきっと、車椅子をヤクの糞尿まみれにしてヒマラヤトレッキングに挑戦しようと夢見ながら……。 千葉県:臥龍
腰折れ俳句(13)
てのひらや今年いかなる人に会ふ 怠れば地は荒れ果つる鍬始(くわはじ)め 母の背を皆越へてゆく福寿草 水切つてみどりいや増すふきのたう 立春の便りに花の切手貼る 熊本県:K.S. |
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