はがき通信ホームページへもどる No.87 2004.5.25.
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 再生医療:ヒトへの臨床応用開始(その2) 

脊髄C6・7・8・T1・2・3、非外傷性損傷(腫瘍)不全、激痛持ち

 前号で、脊髄再生医療が単に動物を使った基礎研究のみでなく、いよいよヒトを対象とした臨床応用試験治療が日程に上ってきたことを、紹介させていただきました。わが国の患者に対して、具体的にヒトを対象とした治療の可能性を呼びかけ、実施を計画しているのは、(1)関西医大の、骨髄間質細胞を脳脊髄液経由で移植する方法と、(2)中国の黄医師による、中絶胎児から採取した鼻腔粘膜細胞、OEG(嗅神経鞘細胞<しゅうしんけいしょうさいぼう>)を患部に移植する方法です。本号では、これらを巡ってのその後の展開についてご紹介したいと思います。
 (1)関西医大の骨髄間質細胞移植による脊髄再生治療試験について
 前号で、治験担当の研究者・医師グループと患者団体(せきずい基金、脊損連合会、頸損連絡会)の役員との間で懇談会が持たれことはすでに紹介いたしました。その際、患者団体サイドは、有効性の問題、安全性の問題、インフォームド・コンセント(患者に治療について説明し納得・同意を得ること)の問題を中心に質問を行いました。それに対し、医師団は、有効性については期待できること、安全性をより確実にするため、移植細胞の培養をGMP基準(医薬品製造の場合にクリーン度や安全性をクリアするための定められている基準)に準拠した施設で行うよう変更すること、移植後の再生が異常な増殖を遂げないかどうか確認するため、免疫不全マウスでの実験も行い確認すること、被験者の患者とせきずい基金の接触をむしろ歓迎したいこと、治験実施の前に市民セミナー開催に応じて説明を行うこと、などを約束しました(これらの点については、「日本せきずい基金」ホームページ参照)。
 これらの約束を実施するには、施設の準備を行い、また新たな動物実験を行った上で再度「倫理委員会」に諮(はか)らなければならないので、治験の実施は延期とならざる得ません。それに伴い、「市民セミナー」の形での治験情報公開も遅れざるを得なくなりました。その後、大学側から再申請の連絡がないまま時間が過ぎたようです。「基金」サイドは「市民セミナー」の準備の一環として、今回、治験に連なると思われる京都大学における一連の動物実験研究の論文を翻訳することになりました(医学関係の論文は、海外英文専門誌に掲載されて世界標準とみなされるので、日本の研究者の多くの重要な論文はまず英文で発表されます。その内容を具体的に知るためには、翻訳が必要となります。翻訳は「日本せきずい基金」ホームページ参照)。
 今回のヒトへの臨床応用が可能であるとの判断が導かれた動物実験研究と、それをヒトに応用して実際に臨床試験を行う際の手順の概要は、前号ですでに簡単に説明いたしました。しかし、一連の動物実験を読んでみると、ヒトへの応用にはなお問題点が残っているように思われます。いくつかの問題点を整理してみると以下のようになると考えます。
 【治療の有効性について】
 ①動物実験レベルでも、脊髄修復・機能回復の有効性を示す証拠としては、不十分のように思われる。治療法として有効であることの理由として挙げられているのは、結局のところ、ラットの後肢の動きのBBBスコア(実験動物の後肢の運動機能を評価するシステム。オープンフィールドでの動物の動きを複数の観察者〔研究者〕が目視で観察し、その機能を0[完全麻痺]〜21[正常]の21段階で測定、記録し評価する。<BBBは英語の単語の頭文字をとったもの>)での評価と損傷した脊髄の病変部の顕微鏡写真で空洞の縮小が認められることだけである。目視で動きが認められることだけで「損傷した脊髄が治療された」と言えるのだろうか。脊髄損傷に伴う動き以外の諸問題(知覚異常、自律神経異常、排泄機能障害等)の評価はどうなのだろう。「空洞が縮小された」と言っても、空洞が少しでも残っていれば脊髄は異常である。ヒトの外傷性脊髄損傷の場合、後発的に脊髄空洞症が発生することがある。その場合、徐々に麻痺や異常知覚の症状が拡大する。ここで、「治療が成功」とされるのはどの程度のことか必ずしも明らかではない。
  また、空洞縮小の論拠として、骨髄間質細胞から放出される何らかの液性因子の作用によるものとされているが、この液性因子が何であるかは、まだ解明されていない。ということは、未だ証拠不十分とは言えないだろうか。
 ②脊髄を構成するニューロンとグリア細胞(アストロサイト、オリゴデントロサイト、ミクログリア)がバランスよく再生され、運動と知覚の信号を伝達するシナプスが正しく形成されなければ、脊髄は正常には機能しない。この点には言及がなく、論証されていない。
 ③治療が有効であったかどうかの判定の基準があいまいである。ラットではBBBスコアでの評価となっているが、ヒトにそれを適用する場合どのようにして行われるのか不明のままである。有効性判断の基準があらかじめ提示されていないと治療の成否の判断が恣意的(しいてき)になり、評価の客観性が失われる可能性がある。
 【治療の安全性について】
 ①脳脊髄液に注入される骨髄間質細胞は、当事者の腰骨から採取された骨髄から分離され、培養器で培養、増殖されてから使用される。分離・培養の方法については明らかにされていない。GMP基準に準拠した施設で行うよう変更されたのは望ましいことであるが、培養にはウシの血清が使われることからBSE感染の有無など、なお、万全の配慮が必要だと思われる。
 ②骨髄間質細胞は、さまざまな細胞の移植材料として研究が進んでいるが、本当に望ましい神経細胞以外の細胞が出現するというリスクはないのかどうか。
 ③再生があり得るとしても、中途半端な再生によって麻痺のみでなく強い異常疼痛や異常知覚、自律神経過反射が残ることはないのか。
 ④医師団は、リスクは「炎症程度で、効果がないこと位」というが、何人かの脊損者は、疼痛緩和治療のための腰椎穿刺(せんし)やその他部位での硬膜外・クモ膜下薬剤投与の際、苦痛に満ちた体位を強いられること以外に髄膜炎や脊髄炎を経験している。そのようなリスクはないかどうか。
 【インフォームド・コンセントについて】
 本人も家族も狼狽しきっているに違いない脊損の救急段階で、本来のインフォームド・コンセントが成立するかどうかは、大変難しいと思う。本人は意識がないケースが多く、家族も何が何だかわからないといった状態の時、治験であることの十分な理解は不可能でないだろうか。「麻痺が改善するかも知れません。そうでなくとも効果がないだけで駄目もとです。」と言われれば、「どうぞお願いします。」ということになると思われる。通常の医療でも、命に関わる一刻を争う場合は、事実上インフォームド・コンセントなしの医師主導で治療に入ることが多い。今回のケースのみでなく、救急段階の治験に関するインフォームド・コンセントのありかたは、医療サイドにとっても患者団体にとっても今後の課題である。
 新しい治療法の開発は、どうしても動物実験のなかから可能性のみに重点を置いて追求され、問題点は捨てられていく傾向があるように思います。それはある程度やむを得ないかもしれません。そして、いつかはヒトで実験しない限り、人を対象とした治療法として確立しません。最初にそれに挑戦する患者(ヒト)はどうしても、実験を引き受けるという重大な使命を帯びることになります。それだけに、新しい治療法は十分に根拠が検討され尽され、リスクについても対処のしかたが十分配慮されたものでなければならないと思います。その意味で、今回の臨床試験は問題含みのように思われます(詳細については「せきずい基金」ホームページ)。

※後編で終了の予定でしたが、原稿が多いため「(2)中国の黄医師による鼻腔粘膜移植脊髄損傷治療について」は、次号とさせていただきます。どうぞご了承ください。
 
東京都:A・Y


 ひとくちインフォメーション 

本の紹介

 満開の桜が瞬く間に散り、八重桜も終り、新緑の美しい季節となりました。「はがき通信」の皆さん、お元気でお過ごしでしょうか。私も浜松から東京に戻って3年たちました。4月には新入生を迎え、やっと4学年揃いました。大学の構内もたいへん賑やかになってきました。
 3月中旬、自宅のパソコンに侵入してきたウィルスのお陰でメールの送受信が困難になり、ご迷惑をおかけしているかもしれません。復旧したはずなのに届くのはウィルスのついたメールばかり。ウィルス除去ソフトもインストールしてあるのですが、困ったことです。
 ところで皆さん、クリスティーン・ボーデン著、桧垣陽子訳『私は誰になっていくの—アルツハイマー病者からみた世界』(クリエイツかもがわ)を読まれていますか。私は友人の強い勧めで読みました。当事者によって書かれた本はその疾病や障害を理解するのにたいへん参考になりますが、アルツハイマー病者の本は初めてです。身近な物品の名が出てこず、説明するのに四苦八苦したり、車を運転している途中に突然運転操作がわからなくなったり、知的機能や運動機能の障害に突然遭遇する恐怖感、読んでいくうちにたいへん衝撃を受けました。
 本のオビに「世界でも数少ない痴呆症の人が書いた本……本人の立場からしか書けない貴重なヒント」とありますように、著者はアルツハイマー病者です。しかも40代半ばでアルツハイマー病初期と診断され、その数年後に執筆され、オーストラリアで出版された本です。
 本が出版されたとき、専門家の中には痴呆症の人が書けるわけがないと疑い、著者がアルツハイマー協会で講演したときには、「あなたはアルツハイマー病ではない」とまで指摘されたそうです。確かに、この本を読んでいると、病態や症状の記述がたいへん具体的でリアリティがあり、そうした指摘も理解できるような気持ちになってきます。しかし著者は、難しい科学研究の成果を政府高官にわかりやすく解説することを仕事としてきたキャリアウーマンです。
 「娘たちと話ができなくなってしまう前に、私の人生経験をいくつか伝えたい。その一つとして、アルツハイマー病と共に歩んだ私の感情的、身体的、精神的な旅について、この本に書き記した。」と著者は執筆の動機を語っています。
 アルツハイマー病というと皆さんもご自分とは無縁と思われるかもしれませんが、知的機能や運動機能など高次神経機能は人の社会生活に不可欠な機能ですし、たいへん読み応えのある本です。

編集顧問:松井 和子

 ★ ベンチレーター国際シンポジウムの開催

札幌:6月20日(日)10:30〜17:30「ポルトホール」
東京:6月23日(水)10:30〜17:30「新宿NSビル・中ホール」
大阪:6月27日(日)11:00〜18:00「大阪オスカーホール」
【主催】ベンチレーター使用者ネットワーク
 http://www.jvun.org/

<主な講師>
・ストックホルム自立生活協同組合(STIL)
 アドルフ D.ラツカ氏(スウェーデン)
・トロント自立生活センター
 オードリー・キング氏(カナダ)
・国際ベンチレーター使用者ネットワーク(IVUN)
 ジョーン L.へドリー氏(アメリカ)
◇ビデオ「ベンチレーターとの楽しい暮らしマニュアル」無料配布 
 ベンチレーター(人工呼吸器)を24時間使い、地域で自立生活を送りながら自分らしく生きている2人のベンチレーター使用者の様子をさまざまなベンチレーターの種類、周辺機器の紹介をするビデオ「ベンチレーターとの楽しい暮らしマニュアル」が完成しました。たくさんの方に見ていただければ幸いです。このビデオが多くのベンチレーター使用者にとって、自立生活のきっかけになることを願っております。
 なお、ビデオは送料込みの無料配布となっておりますのでご希望の方は、お名前、住所、ご連絡先等お知らせの上、下記の事務所までお申し付けください。
 同時に是非お求めください。
 冊子「ベンチレータはピアス」500円 
 1人暮らしで24時間介護利用の筋ジスの花田さんが計画的に気管切開をして、人工呼吸器の利用を始めるまでの日本で初めての記録です。大変読みやすく、細かいことまでわかります。

[申し込み]
ベンチレーター使用者ネットワーク            
〒003-0022 札幌市白石区南郷通14丁目南1-5 1FC棟
TEL/FAX: 011(868)3306


 ★ 日本せきずい基金残高

 せきずい基金の2004年3月末残高は、16,785,350円です。
 (特)日本せきずい基金事務局
〒183-0034 東京都府中市住吉町4-17-16
TEL: 042-366-5153 FAX: 042-314-2753
E-mail: jscf@jscf.org
http://www.normanet.ne.jp/~JSCF/



【編集後記】

 「勇気をもって!」を投稿してくださった匿名希望さん、編集部の判断で「はがき通信」ホームページの掲示板への掲載とさせていただきました。どうぞご了承ください。
 平成16年4月12日現在、購読者数427名、資金残高376,771円(残高については、135,000円を5・7・9月号分の印刷、発送手数料を先に仮払い)です。
 ハワイ懇親会まで、あと約1ヶ月。私にとっては初めての海外旅行となる。ワクワクしている反面、増悪した痛みのことがいつも心の片隅に引っかかっている。体調維持のひとつに痛みという困った君を受傷15年めにして付け加えなければならないのは、正直なところ「ザケンナヨ!」だ。精神的にクサるときもある。でも、自分の身体だから逃げられない。
 私の大切な友人に頸を3回傷め、そのたびに増悪した痛みを抱えながらもアテネオリンピックを目指している女性がいる。彼女には、ぜひアテネ行きの夢を実現してもらいたいと思っている。
 ところで私の夢は……?「体育会系頸損」だった私も○十路の坂を越えてから、オペをしたりで何だかガタガタ。更年期もある。すっかり体力に自信をなくしてしまった。追い打ちをかけて、服用している薬の影響等で体重が増加! この年になって初めて「ダイエット」なるものを考えている。動くところが少ない頸損のダイエットは難しい。
 「よーし、水泳だ!」。この年から、ダイエットを兼ねて本格的に水泳をやってみたくなった。成田真由美さんにはとうていなれないだろうが、40歳以上の部でもう一度、全国身体障害者スポーツ大会に出場してみたい……私の秘やかな夢。そして、今度行くハワイで泳いでみたいというのも、私のささやかな夢である。
 次回の編集担当は、藤田忠さんです。
編集委員:瀬出井 弘美


………………《編集委員》………………
◇ 藤田 忠  福岡県 E-mail:fujitata@aioros.ocn.ne.jp
◇ 瀬出井弘美  神奈川県 E-mail:h-sedei@js7.so-net.ne.jp

………………《広報委員》………………
◇ 麸澤 孝 東京都 E-mail:fzw@nifty.com

………………《編集顧問》………………
◇ 松井和子 東京都清瀬市国立看護大学校 E-mail:zmatsui@mb.infoweb.ne.jp
◇ 向坊弘道 福岡県 E-mail:zi5h-mkib@asahi-net.or.jp

(2004.5.25.時点での連絡先です)

発行:九州障害者定期刊行物協会
〒822-0034 福岡県直方市大字山部 887−50
  TEL&FAX:0949-24-8963

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