No.209 2026/4/28

も く じ
★ ごあいさつ はがき通信ホームページ管理人 ポスト
★バクロフェン髄注療法 7年目電池交換体験記 奈良県:М.k.
『臥龍窟日乗』 ‐90- 岩倉使節団③ 千葉県:出口 臥龍

ごあいさつ

 「春に三日の晴れなし」とは、よく言ったもので、一日の晴れ間の後、これを書いております今、よく雨が降っております。春が短くなったと聞かれますが、少し早めにでも桜は咲いてくれ、何とか季節に合わせているようです。
 また、今年4月17日から、最高気温が40℃以上の日を指す新たな予報用語として「酷暑日(こくしょび)」を正式に設定しました。今夏は、何度酷暑日をニュースで、聞く日があるでしょうか。今から、戦々恐々としております。
 さて、今号では、179号にご投稿いただいた奈良県のМ.k.様より、再び、ご投稿いただきました。ご投稿は、大変ありがたく、改めて179号を拝読いたしました。179号は2019年10月号でしたので、約7年前になります。後半に編集担当されていた瀬出井さんが、その後のことと、メールのやりとりを記してくださっていました。はがき通信の存在意義を改めて感じさせられました。

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 バクロフェン髄注療法 7年目電池交換体験記 

(C5・6完全、受傷歴10年、60代)

 なんとも早いもので、179号で表題の手術を経験してから7年になり、腹部に埋め込んだポンプの電池交換を受けることになりました。7年前と違い、体力と気力の衰えを感じます。この手術を本当に受けて良かったのかと思い直したり人間って勝手な生き物で、辛かったことは忘れてしまうようにできているようです。
 とさておき、いちど埋め込んだポンプの電池交換手術は必須で、体験談を記載しておこうと思います。
 初めてポンプを埋め込んだ時と同様全身麻酔で約2時間半。 
 まず、髄腔に通しているカテーテルから薬液の漏れがないか造影検査を受け、カテーテルからの漏れや、薬剤の流れが悪くないか検査をして交換する必要があれば、カテーテルもポンプ交換と同時に交換する必要があると術前検査時に説明を受けました。私の場合ポンプ交換のみで済みました。
 絶食、絶飲は手術当日前の0時より絶食、2時間前より絶飲(13:30~の手術の場合)。
 口渇の副作用がある薬を数種類内服している私は、泌尿器科の先生と相談して2週間前より半量に減薬して口渇の軽減をはかりました。術後2時間も絶飲で、腹部の動いている音を聞いてやっと飲み物を口にすることができました。
 (手術当日は内服薬の服用もなし)
 もし、食べ物や飲み物を飲んだり食べたりしてしまうと、腸閉塞になる危険性があり再び手術という事態も起こりうるとのこと。
 手術当日と翌日は37度台の微熱が2日間ほど続き、脚のクローヌス(貧乏ゆすりのような震え)と全身の硬直感はキツイものでした。抗生物質の点滴は手術日を含めて2日間、点滴針は2日目の夜に抜いていただきました。
 3日目でシャワー浴。
 2週間の入院とお聞きしていたけれど少し早い目になりそうです。また、5~7年後再交換で、取り外さずに充電できるような器械になれば苦痛ではなくなるのに、7年後どんな身体になっているのか、はたまた生きているのか。
 筋肉の緊張、拘縮がこれ以上進まないことを祈ります。

はがき通信179号「痛みと痙性に悩まされて

奈良県:М.k.


 『臥龍窟日乗』 ‐90- 岩倉使節団③ 

 この道はいつかきた道……、世の中は好景気に浮かれていたが、国内外や国際情勢はなんともイヤ~な感じだった。私が10代の後半から20代にかけての頃だった。当時の時代風景を思い出している。世界各地で戦火がのぼり、政治家はやりたい放題。人々の心は荒れ果て、無差別殺人などの訳の分からない事件が連日のように起きていた。

 ウクライナの戦争がだらだら続くなかで、アメリカがベネズエラを攻撃、そしていきなりイランを爆撃。まるで国内政治も大混乱で日本国民は右往左往している状態だ。日本にもいつ戦火が起きるのか、安心している状態ではない。アメリカの大統領はニクソンで日本の首相は中曽根だったっけ。アメリカは南米や東欧諸国の大統領を次つぎに暗殺し、ベトナム戦争はドロ沼化していた。

 ウクライナ戦争はウクライナとロシアの戦争だと思っている人が多いようだが、実質にはアメリカとロシアの代理戦争だ。ウクライナの南方にオデッサという街があるが、ここは人ぞ知るユダヤ人の要の街だ。第二次世界大戦中、ドイツのナチスがユダヤ人を震え上がらせたが、亡命希望のユダヤ人を受け入れたのがアメリカだった。ユダヤ人はアメリカへ渡りパウンブローカー(質屋)として糊口(ここう)を凌いだ。こつこつと小金を貯めて財をなした。これによってユダヤ人はアメリカの金融界どころか、今や世界の金融界を牛耳っている。トランプでさえユダヤ金融に逆らうことはできない。ユダヤ人はホロコーストを決して忘れない。ナチス幹部の残党がどこに隠れているか調べ上げて、オデッサに保管している。今でもナチス幹部を見つけて復讐をする。

 一方、イラン戦争はウクライナより遥かに根深い宗教戦争である。

 私事だが小学校は本州最西端のド田舎。ある時担任の水野先生が、
 「いま街の映画館では『十戒』(チャールトン・ヘストン主演)を上映しているが、君たち是非観にいきなさい」
 「先生、映画は校則で禁止されています」
 「かまわん。是非いきなさい」
 今でも思い出すが、エジプト軍に追われるユダヤ人の一群が、前方に横たわる海の前で逃げ場を失った。ところが主導者モーゼが念仏を唱えると海が割れ人々が海底を歩いて逃げのびた。エジプト軍が追いついた時、海が戻って兵隊たちを呑み込んだ。『新約聖書』に先立つ『旧約聖書』の有名な一場面だ。以来、イスラエル(ユダヤ人)とイスラム教徒の骨肉の争いは数千年も続いている。ウクライナ戦争などとはスケールの異なる因縁の戦争なのである。

 あれから二十数年、自分でもびっくりするような奇遇を経験した。転職した最初の仕事は、ロサンゼルスの取材だった。ホテルにチェックインしてから「まずメシだ」と相成った。タクシーを拾って、サンセット・ストリップ(サンセット通り)へ向かった。元ボクサーのロッキー青木が経営するステーキハウス「紅花(Benihana)」だ。私たち3人以外に一組の家族が昼食をしていた。私と向かい合わせに座っていた初老の紳士には見覚えがあった。記憶の糸車をぐるぐると巻き戻す。ぐわんと打ちのめされたような衝撃だった。日本人の早飯、早なんとかとは言うが、3人はチェックを済ませて玄関を出た。早速タクシーを探しに行った奴もいたが、
 「まあ待てよ。今にすげえ事が起きるから」
 と同僚をなだめた。数分で件(くだん)のファミリーがドアからぞろぞろと出て来た。私は初老の男性に声を掛けた。
 「失礼ですがモーゼさんですか? 私達は日本人旅行者です。一緒に写真を撮らせてもらっていいでしょうか?」
 チャールトン・ヘストンだった。
 「オー、シュアー」と両手を広げて喜んだ。世界の大スターだった彼もユダヤ系アメリカ人だった。
 中東の地を追われたユダヤ人が、祖国を建設しようとしたのがパレスチナであり、現在はアラブ系諸国の人々との数千年の確執が続いているのである。トランプがイランを攻撃したのは石油が欲しかったのではない。トランプ政権の後ろ盾はユダヤ政権だが、イスラエルつまりユダヤ財閥に逆らえば、トランプ政権なんぞは吹っ飛んでしまう。

 回りくどい話になったが、久米邦武に戻ろう。『特命全権大使 米欧回覧実記』全100巻を仕上げて東京大学教授にまで出世したが、次の著作『古文書学講義』という著作が問題になった。この中に久米は現代では問題になる被差別について詳しく引用している。明治政府は明治3年と8年の太政官令(だじょうかんれい)の二度に渡って、法権時代に続いた差別制度を全面的に否定した。明治初期に当時の最先端の学者であった久米が、何故に政府命令に逆らったのかが判らない。
 ルネッサンス、産業革命などを経て、法権時代とは4・500年もの開きが西洋と日本にはあった。岩倉使節団は文明の開きにびっくり仰天したはずだ。久米の功績は文明開化を日本にもたらしたものだが、文明が開化した姿をそっくり日本に紹介したのではないか。だが西洋の文明は自由民権運動のできあがった器(形骸)だけではなかったのではなかろうか。大切なのは文明開化の激しい内部葛藤なのである。日本国民の精神行動の改革がすっぽり抜けているのに、久米は気付かなかった。
 昨今の日本の政治困難は、そんなところにあるのではなかろうか。(その稿おわり)

千葉県:出口 臥龍


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