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青空がまぶしい季節となりました。暑い日が続いておりますが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。寒がりの私ですが、暑すぎて、エアコンの冷房が欠かせません。先日、いい年齢になったので、大腸内視鏡検査を受けてきました。とても興味深い体験だったので、今号で、ご報告したいと思います。
終わりのみえない暑さですが、熱中症には十分お気をつけいただき、どうぞ素敵な夏をお過ごしください。
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大腸内視鏡検査体験
便潜血検査で、問題があったわけではないのですが、いい歳になったので一度はしておいた方が良いと思い、大腸内視鏡検査を受けてきました。
まずは、検査2日前に入院。1日目、昼食はおじや、夕食はうどんの食事で就寝時、下剤2錠、翌日排便なし。2日目も同じ食事内容で、就寝時下剤2錠+ラキソ系の下剤1本。3日目の検査当日は早朝から吐き気止めの薬を服用し、翌朝、反応ないなと思っていたのですが、さすがに効きました。
そこから、2リットルのモビプレップが登場し、結果、1.4リットルで許してもらえました。モビプレップを飲みながら、ハリー・ポッターと死の秘宝のダンブルドアを思い出しました。ダンブルドアは、分霊箱を取り出すため、ハリーに飲ませ続けるよう頼み、苦しみながら飲み続ける場面です。今の私の使命は、美味しくない大量の下剤を飲み続け、すべての便を出すことです。検査前にこんなハードな体験をするなんて、これはなかなか検査するのに勇気がいるなと思いました。
この日もう1人、検査の予定の方がいたそうで、その人より早く出し切りたかったのですが、結局、負けてしまいました。タイムリミット、ギリギリまでかかり、何とか間に合いました。ストレッチャーに移り、検査場まで行きました。
そこで、痛み止めをどうするかで、血圧を測ると排便後なので、やはり低く、上が80台で、痛み止めをすると血圧が下がるそうで、麻痺してるので痛くないと思いますと説明。それでも、痛みがあったらすぐに教えてほしいとのこと、我慢できる痛みだったら言わなくていいですかと聞くと、どんな痛みでもすぐに言ってほしいと言われました。
担当してくださった先生は、お話しが好きだそうで、いろいろお聞きすることができました。先生自身も検査の時に痛み止めは使わないそうで、理由は午後から仕事だから、だからAM3時に下剤を飲み始めると言われていました。検査のために1日休みをもらえないんだなと思い、「それは、ブラックですね」とお返事。看護師さんも私も痛み止め使わないと言われ、理由は車で行くからと言われていました。痛み止めを使わずスタートしましたが、終始、全く痛くありませんでした。カーブでカメラが進みにくいところも看護師さんがお腹の角度や体勢を調整しつつ、水を出して洗浄吸引しながら洞窟のような大腸の中を照らしながら、カメラが進んでいきます。面白い! これは眠らせてもらうなんてもったいないなと大興奮していました。
先生は、おそらくたくさんの腸を診ているだろうと思い「私の腸はどうですか?」とお聞きしたところ、「この表現は適切でないかもしれないけど、弛緩してる腸ですね」と、なるほど、確かに全然動こうとしないし、おかげで週2回の定期的な排便処置以外、失便することはないので、よく伸びて動かない腸なのは確かだなと思いました。
日本の内視鏡カメラは、世界トップレベルだそうで、異変のある所では、青いライトを照らして血管を見えるようにしたり、カメラで撮影したりと内視鏡情報も面白かったです。おそらく検査で、最大の見どころは、「盲腸」。お決まりの解説があるようで「盲腸」はエリアの名称で、虫垂炎のことを盲腸と誰かが最初に言ったので、定着してしまったそうで、本来は「虫垂」と言う器官に何かが引っかかって、炎症を起こしてしまうことで、盲腸は今の人間は使っていないそうです。その虫垂は、ミミズが垂れ下がったような形をしているそうで、漢字にぴったりと合っているなと思いました。
無事、大腸と小腸の間までたどり着き、戻りながら、先生の解説を聞き、過形成ポリープが1つあり、これは取らなくて良いものだと説明を受け、終了しました。お話ししながら大興奮だったので、血圧も回復し、元気に部屋に戻りました。
大腸内視鏡検査は、準備は、大変ですが、先生と一緒に大腸の中を探検している気分になりました。なので、普段なかなか見ることのできない自分の身体の中を見ることのできる貴重な体験だなと感じました。
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『臥龍窟日乗』 ‐91- 我流的人生論① 
「頸損(けいそん)5年」という言葉があった。受傷後5年しか生きられないという意味だった。頸損とは頸髄(けいずい)損傷の意味で、脊髄の首のあたりを損傷する。私の場合は頸髄のCー3だから最重度と言っていい。台湾での受傷だが帰国して入院した病院では、Cー2だったら死んでいたよと言われた。その私が20年以上も生き恥を晒しているのだから、現代医学の進歩は凄まじい。
事故は高速道路インターチェンジ近くだったが、すぐそばに台湾一の大病院があった。日本から二人の整形外科医が来ておられたのも幸いだった。手術は13時間に及んだが、途中で「もう諦めよう」という声も上がったそうだ。へいぜい飛び回っていたので、飛行機事故で死ぬだろうとは考えていたが、まさか高速道路上の事故で頸損になるなんて、まったく予想もしなかった。行く先どうなるか見当もつかない。
二つの大学病院、その後、二つのリハビリ病院を経て自宅に戻ったが「頸損患者に会いたい」という申し出に病院では五、六人の方々を紹介してくれた。その時に聞いたのが「頸損5年」という言葉だった。頸損は感染症や誤嚥などの軽いケースでも死に至る場合があるから注意した方が良いとの助言もあった。
私は東京で本社、台湾と中国の上海、天津に支社を経営していたが、事業を継続できるかどうか最大の心配だった。頸損患者の方々を歴訪したのは、事業継続が可能かどうかを決断したかったのだ。幸い社員の中から継続をさせてほしいという声が出て、私は治療に専念することになった。
受傷後20年と書いたが、いま振り返るとあっという間の年月だったように思われる。5年、10年と、その時々に熱中する課題が変化したために、月日の流れが速く感じられるのだろう。いまではヘルパーさんの手助けを得て、本を読んだり物書きに没頭したり、一日のスケジュールをこつこつとこなしている毎日だ。80の大台に近いから、あと何年続くだろうか。
「死ぬのが怖い」という人がいる。いやいや、現実にはほとんどの人がそう思っているのだろう。それは何故なのだろうか? 身近な人の葬式の時、霊柩車が長いクラクションをあげ火葬場に向かった様子を見ていた孫が、「あの車は空を飛んで天国に行くんだろうね」と叫んだ。私も子供の時に、人は天国か地獄に行くと親から教えられた。生前、良いことをすれば天国に行けるし、悪いことをすれば地獄に落ちると諭された。「天国と地獄はどこにあるん?」と尋ねると、天国は雲の上で、地獄は地面の底だと教えられた。すなわち現世で生を終えた人類は「あの世」で再び生まれ変わる。その魂が時々現世に戻る。お盆にお墓へ魂をお迎えに行くのはそのためだと教えられた。
長女が嫁いだ先の義父は、訃報が全国紙に載るくらいの人だったから懐も奥深い人物だった。外孫のノンタン(孫の名前)もすっかり馴染んでいた。葬儀には私も参列したが、ノンタンが、棺桶に横たわったお爺ちゃんの姿を見て大泣きをした。小学校の高学年くらいだっただろうか。「お爺ちゃんどこに行ってしまったの」とつぶやくので、私は「ノンタンの心の中で生き続けているんだよ」と宥(なだ)めた。幼い子供だから天国に行ったんだよくらいに言うべきだったかもしれない。だが現実は現実として認識しておくべきだと私は考えた。
「あの世」なんて曖昧な概念を誰が作り上げたんだろう。たぶん数百年も昔の僧侶や宗教家あたりが布教のために創造したのであろう。信心深い読者からは叱られそうだが「あの世」なるものを私は信じられない。
魂とはいったい何だろうか? 人々の想念は脳細胞の働きによって造られる。その脳細胞が死滅すれば魂そのものも消えてしまう。だから亡くなった人の魂は、生き続ける人々の心に宿るのである。「あの世」の存在は、現世に生きる人々への「心の保険」というか、ある種の「騙し絵」ではないかと考えたい。
ちゃんちゃら可笑しいのは「輪廻転生(りんねてんせい)」という概念だろう。ゴビの砂漠の何倍もの砂の数ほどの人類が生まれ、また死んでいるのに「前世、私はミミズだった」と証明できる人がただの一人もいない。人の命は姿を変えて生き続けるというまやかしにすぎない。
お断りしておかなければならないが、私は宗教そのものを否定しているわけではない。国家同士がいきなりミサイルをぶち込む時代だから、人心は乱れに乱れている。科学ばかりが長足の進展をしているのに、善良な人々ばかりが虐げられている。無縁の人に襲いかかったり、誹謗中傷したり、いま現世は狂っている。こういう時代だからこそ、宗教は必要なのである。今まさに宗教が必要な時代だとさえ思える。宗教は死後の世界ではなく、現世にこそ必要なのだと考える。
若い頃、関西の大寺院で管長さんに取材をしたことがある。面白いお話を聞いた。立派なお墓を建立しても、子孫がお墓を守るのはせいぜい六代か七代くらいまで、連絡先すら分からないケースが殆どなんだとか。「その場合はどうするんですか」と訊くと、お墓を解体し、お骨だけを大きな墓穴に収めるんだという話だった。六代、七代だというと封建時代にまで遡る。写真すら無いので、先祖といっても魂の実感ですら無いのだろうか。
千葉県:出口 臥龍

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