No.174 2018.12.25
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 東北福島の旅 

C1.C2、受傷歴25年、人工呼吸器

 今年の5月15日~17日にかけて東北福島に旅行をしました。今回の目的は観光も勿論ありますが、Sが東北大震災で被害にあった方々の生の声を直接会って聞いてみたいということで計画しました。
 旅行の行動日程は次の通りです。

●5月15日(火)
 10時 自宅出発 新幹線口まで介護タクシーで行く
 11時 広島駅発~東京駅(乗り換え)郡山駅着(16時)
 16時 レンタカー(父運転)トヨタハイエース(リフト型)
 18時 会津東横インホテル着

●5月16日(水)
  9時半 会津東横インホテル発
 12時半 いわき市教会着
     牧師のお話を聞く(震災の当時の様子と今の現状)
     いわき市内にて、昼食及び海岸など散策
     福島原発の近くまでは行けず!
 16時 裏磐梯・五色沼見学
     呼吸学会役員 新田次郎先生に会う
 18時半 会津東横インホテル着

●5月17日(水)
 10時 会津城見学(大雨のため、断念)
 11時半 猪苗代湖 野口英雄記念館見学
 13時 昼食、買い物
 14時半 郡山駅(新幹線)~東京駅~広島駅着
 20時半 介護タクシーにて自宅着

 2泊3日の東北の旅でしたが広島から福島となると、新幹線に乗っている時間だけでも片道6時間、そこからレンタカーを借りて福島県会津まで行くには1時間半以上かかります。
 いつも新幹線を利用するときは個室を予約します。車いすのサイズが大きいので通路だと完全に無理です(もっと広くスペースを取ってあると大丈夫なのですが……)。従って新幹線は個室を必ず予約しますが、大阪から北陸など行く場合に、個室はないので障害者席となりますが、これがまた大変狭いので通路をふさぐ形になります。なので人が通るたびに車いすを移動させなくてはなりません。北陸本線などを利用する場合は、グリーン車両を利用したほうが通路を通る人が少ないため、少々割高にはなりますが気が楽だと思います。
 さて、今回の旅の目的であった障害者が大災害にあったときの避難方法やその心境などを直接当事者本人に聞いてみたいということがテーマでしたが、あいにく東北の福島には該当する知り合いが誰もいません。そこでSが毎週日曜日に礼拝に通っている日本基督教団の所属する教会がいわき市にもあるはずだと思い、ネットで検索して、ある教会(日本キリスト教団勿来(なこそ)教会)とコンタクトをとることができました。


●教会にて、後列の女性が牧師のTさん

 小さな教会でしたがとても喜んでいただき、そこの牧師のK.Tさんから震災当時のことや今の現状を少しばかり聞くことができました。
 『震災直後の悲惨さはマスコミ報道で何度も報告されている通りのお話でしたが、何が一番大変だったかと言えば、やはり原発で避難せざるを得なくなって、地元を離れなくてはならない。長年住み慣れた地元を離れ、急に逃げ回わらなくてはならないと言うことだった。
 どこに行く当てもなく、ただ放射線の心配のない原発から遠く離れた場所に避難する。精神疾患を患っている息子を何日も何日も車の中で移動しながら過ごさなければならない。
 大勢避難している施設や学校などのような(避難所の)体育館などは落ち着かないのか奇声を上げたりするため、夜などは特に難しい』ということでした。
 何か大きな災害があったとき、取り残されるのはやはり障害者、お年寄りなのです……?


●福島県の五色沼
 (左端の年配の男性の方は呼吸器学会では有名な方だそうで、今、Sが使用している人工呼吸器の開発にも深く関わってきたとのことでした。現在アメリカではもっと小さくてコンパクトな呼吸器を開発中だとのことです……。偶然にお会いした方でしたが現在の呼吸器の改善点や不安な点など質問され、ちょっとしたサプライズでした)

 原発で土地を失ったりした方は、仮設住宅が用意され、その後、土地と家が提供されています。いわき市内でも数多くの新しい家が立ち並んでいました。


●野口英雄記念館

 東電と国が賠償として建てたものです。しかしそこには地元の人との感情などの軋轢(あつれき)があるらしく、地元住民との交流が上手く行っていないそうです。理由は原発で逃げてきた人たちには、新しい家と保証金が与えられ、以前からいる地元の人たちは経済はガタ落ちになっている上に失業していく人もおられ、生活していくのがやっとという状況なのだそうです。好き好んでこの土地に来たわけではない避難者は、できることなら地元に帰って農業がしたいのにできない……新しい職にもつけない……仕事もない。そんな生活が何年も続いたら人間おかしくなってしまい働く意欲も薄らいで来ます。
 今年は本当に大きな災害が広島でも大阪でも、また北海道でも全国各地で起きました。地球温暖化により台風や土砂災害の被害がこれまで以上に甚大化することは避けられません。そして大きな地震も近い将来、必ずやって来ます!! そして何よりも怖いのが人間が作った原発の恐ろしさ!
 今一度私たちもこの避けられない大きな天災、いや人災かもしれませんが、この機会にいかに災害から身を守るかということを障害者一人一人が真剣に考え、情報交換をますます密にとりながら災害に対して万全な備えをしていかなくてはならないと改めて考えさせられた東北福島の旅でした。

広島市:S.K.(父)

< 特集! 「はがき通信」懇親会 in 広島2018 >

 今号の「特集」は、9月28日(金)~30日(日)に開催された広島懇親会です。親睦を深め励まし合う目的で、仲間が一堂に会する懇親会のことはもとより、あいにくの台風が近づきつつある中での観光や道中などについてのご投稿をご紹介いたします。

 特集 懇親会 in 広島2018を終えて 

 昨年、ついにはがき通信懇親会がお休みとなりました。「このままでは存続の危機になるね……」と瀬出井さんと電話で話しながら寂しくなって来る……。そんな話をしながら、そうよ! 2年前、広島市内へ転居したので、会場を探したり、打ち合わせ等も動きやすくなったんだ。退職した夫の力を借りればなんとかなりそう……と勢いで「広島でやりましょう!」と受けてしまった私。
 そんなわけで私一人で準備を進めようと思っていましたが、結局大竹さんも実行委員として、その他にもたくさんの方が温かい手を差し伸べてくださって、開催の運びとなりました。感謝です。
 しかし今年の猛暑で体調不良者が続出、イベントが重なったこと、介助者不足、身内の不幸も多く参加者が集まりません。しかもはがき通信懇親会には、大型台風が直撃といったニュース。当日直前までキャンセルから目が離せず、不安いっぱいのなか開催となりました。
 広島駅近郊は再開発でガラッと変わり、宿泊、懇親会会場ホテルグランヴィア広島も駅から直結、といったように何かと便利になりました。広島での懇親会も4度めですが、あまりの変わりように皆さん驚かれていたようです。

 1日め発表、講演は、駅北から徒歩5分の所にある医師会館で行われました。みんなで輪になって座り、スピーチも、講演も座談会のようになってあたたかなざっくばらんな時間となり、楽しい時間が過ごせたように思いました。
 講演は、講師に義肢装具士で民間メーカー統括部、大学(非常勤講師)でお仕事をされている谷口さんをお呼びし、「ジョイスティック」を中心とした内容です。使用者それぞれに合ったジョイスティックを開発されていて、実際それを使用されているTさんと谷口さんをお呼びして、ジョイスティック(チンコントロール)披露、実演、使い心地等お話をしていただきました。ただちょっとしたアクシデントで谷口さんの到着が遅れ、Tさんと谷口さんを交えた時間が短くて残念でした。でも皆さん当事者の様子を見られたことで、身近に感じたようで質問が飛び交い、さっそく谷口さんへ依頼願いをされていました。



夕食レセプションはKさんの司会でスムーズに進行。Fさんの発案で、自己紹介は前に出て、それぞれの余興や車いす自慢で盛り上がりました。Fさんの肺活量のために始めたという(手を使わない)ハーモニカ、なかなかのもので聴きなれたメロディーにワクワク。皆さんの車いすの自慢話にはなるほどなあ、と感心。夕食レセプションだけのために福岡から参加されたSさんの「はがき通信」への熱い思い、受け取りました。Sさんのパラグライダー着地失敗で骨折の話、誌面より面白おかしく話され、笑ってはいけないけどついついクスッと。そして瀬出井さんの感動的なフラダンス。いつも痛みやいろんな不調を抱えているとは思えない、素敵な笑顔にしなやかな踊り。きれいです瀬出井さん。またまた胸がいっぱいになって涙涙……。

 2日め自由観光。朝から雨、そして恐れていた関東方面へ向けて台風直撃というニュース。最終日30日10時過ぎには新幹線運休となるとのこと、というわけで3日目は残念ながら中止となりました。雨で観光もできないし、せっかくだからどこかに集まって話をしようということになりました。部屋の相談をホテルの担当者の方に相談すると、こんな事態ですからとすぐに提供してくださいました。仮抑えの宿泊部屋、夕食レセプションの多くのキャンセル等でご迷惑をおかけしつつも、このように温かかく対応していただき、また人のやさしさに触れました。感謝。
希望者が集まり始まった定例会議というか座談会。それぞれの日々の溜まったうっぷん、悩み炸裂(笑)。知られざる家族の秘話やたわいのない話で笑顔もいっぱい。貴重な楽しい時間に、皆さんがとても身近な存在となり嬉しくなりました。少人数のはがき通信懇親会でしたが、たくさんお話ができてとてもアットホームなものとなり、これも良かったのかなあと……。

はがき通信懇親会in広島は、アクシデント続きでハラハラドキドキでしたが、仲間との再会は、誌面だけよりもやっぱり元気が出ます。力が出ます。勇気が出ます。ぜひいつまでも続くことを願いたいと思います。

実行委員長:久留井 真理

  はがき通信懇親会 in 広島会計報告 

※紙面版のみ掲載

実行委員長・会計担当:久留井 真理

 特集 4度目の広島懇親会 

 9月、毎週のように西日本に向かってくる台風が気になりつつ参加した広島での懇親会。
 懇親会当日は嵐の前の静かさ(・・? とても穏やかないい天気、12時過ぎに広島駅に着き、駅構内のレストラン街で名物のお好み焼きを並んで待っていただく。駅隣接のホテルへ荷物を預け、いざ行かん、情報交換の会場である医師会館へ。
 会場に入ると実行委員の広島のメンバーが、多量の地元製品と共に出迎えてくれた。広島の企業は太っ腹? それとも実行委員の手腕の賜物?
 ジョイスティックについての講演終了後、ホテルに戻り夕食レセプションに参加。瀬出井さんのフラダンスも素敵だったが、Fさんのハーモニカにも目を(耳を)奪われた。
 翌日は台風24号の影響大、朝から土砂降りの雨である。コンビニの雨合羽を着こみ、2年前にできたというおりづるタワーに向かう。私の住む香川の田舎駅、1時間に1本の電車と違い、広島は都会的。少し待てば次々と低床の電車がやって来る。車いすスペースも確保されていて、料金は子供料金で付き添いはただである。なんとありがたいことか。
 原爆ドーム前で降り、信号を渡ると目的地。料金が大人1.700円+おりづる投入料金100円(障害手帳保持者は半額)と高いのが気になったが、13階の展望階へ上がると平和公園が一望でき、地球そのものがこわれ始めているような気がします。上から見る原爆ドームも感慨深い。反対側からは前広島球場と広島城が見える。


●展望階にて

 ただ、台風の影響は雨だけでなく、展望階は吹き抜けだったので寒さと強風で10分と居れず、早々に12階のおりづる広場に移動。12階に着くと折り紙を渡され、おりづるを折ることに。指は少し動くものの握力0では細かい個所は無理なので、係のコンパニオンに折り上げてもらう。最後にガラス張りで床がスケルトンのおりづるの壁に落とし入れるのだが、車いすではスペースがなく入れず、主人がおっかなびっくりで落とし入れた。


●12階・おりづるの前で

 午後からホテルで居残り組と座談会があるというので、早々に駅へ引き返し、もう一つの広島名物アナゴ丼を戴く。座談会は顔付きあわせて和気あいあいの一時、やっと「はがき通信」の一員になった感があり、とても有意義な2日間だった。年に1度のこの懇親会が、来年も、再来年も続くことを願わずにはおられない。
 4時に分かれて新幹線乗り場に向かう。新幹線も瀬戸大橋線も平常通りに動いていて、車窓から眺める瀬戸内海は穏やかで、とても台風が近づいているとは思われなかった。


●おりづるタワーの後方は元球場と広島城

 ところが翌日は打って変わっての暴風雨、7月の豪雨で崩れた丸亀城の石垣がまたも崩れて大惨事である。この日の新幹線に乗ると言っていた関東組が、無事に帰れたことを祈っている。

香川県:M.S.

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