はがき通信ホームページへもどる No.165 2017.6.25.
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 新たなスタート 


2017年もスタートして、早くも半年が経とうとしています。時間が過ぎるのは、早いものです。多分、私の記憶が確かならば、以前、「はがき通信」に原稿を書かせていただいたのは、もう10年くらい前のことになるでしょうか。ちょうど一般企業に就職し、1年が経つ頃だったかと思います。
 会社には、結局、7年半勤めました。通勤時間が長いことや親頼りの介助体制、ストレスもあり、5年くらい勤めた頃から、一度、ストップして、体制を作り直したいと考えていた矢先に、褥瘡ができてしまいました。その褥瘡が1カ月などの短い期間では、とても治せそうもない大きさだったことをきっかけに、退職することを決意しました。


     ●退職の日に会社前にて

 退職した日の気持ちは、「ホッとした」というのが一番でした。補助的な仕事が多かった中で、主導させていただいたプロジェクトを本社の方と進めて、何とか終わらせることができたことで自分の中で一区切りつき、満足感を得られたことで思い残しがなかったこと、休んで他の方に迷惑をかけるストレスを感じることなく、ゆっくりと褥瘡を治すことができること等々から来るホッでした。
 それから、次のステージも充実したものにしたい!ということも、同時に感じました。私がいたのは、子会社の本店だったので、支社の担当の方にさまざまな仕事を依頼していたのですが、中には期限が厳しい依頼もあったと思うのですが、何度もやり取りしていた、私のことを障害者だと知らない支社の担当者の女性が退職するとメールで伝えた際、「本当にいつもいつも優しく丁寧に教えて下さったことがどれだけ癒しになったかわかりません。残念でなりませんが発展的な退職だと信じています」とのメッセージを下さいました。
 そんなふうに思って下さっていたことに、嬉しさを感じ、努力すれば評価して下さる人は必ずいるのだと、勇気づけられました。次のステージも、何かしら努力して頑張ってみよう!と、思わせてくれました。メール文は、今でも大事に取ってあります。
 その後は、褥瘡の治療をしながら、さまざまなことに挑戦しました。まず挑戦したのは、スカイプでの英会話でした。論文の参考資料として、少し英語の資料は読めてはいたのですが、英会話となると本当にコンプレックスでした。
 会社の同じフロアに、海外とやり取りをする他の部署が入っていたのですが、そこに所属している中国人の女性が中国語はもちろん、英語、日本語で電話交渉をして、日本人の数倍活躍しているのを目の当たりにして、せめて英会話はできるようになっておきたいとの気持ちが、強くありました。スカイプレッスンなら、家にいながら冷や汗で身体が辛いときには、ベッド上でも受講できるし、しかも月のレッスン料を払えば毎日でもレッスンを受けることができるので、家で療養する身にとっては最適な勉強法でした。
 そんなふうに毎日過ごしている内に、完全ではありませんでしたが、褥瘡も大分良くなっていた頃、神奈川頸髄損傷者連絡会の星野会長より、会員に向けて配信された1通のメールを目にしました。アメリカへの研修「TOMODACHI ADA25 LEAD ON!ツアー」についての案内でした。
 障害当事者としても、また、大学院でアメリカの障害児支援について研究し、その研究内容について大学で講師をする身としても、アメリカの障害者差別禁止法であるADA法が制定されて25年のアメリカをこの目で見て、肌で感じてみたいと強く興味を引かれ、応募しました。運よくメンバーに入れていただき、初めての海外への渡航が実現しました。
 このツアーは、米国と日本の若手リーダーの交流や育成を目指した研修でしたので、日米の障害者運動のリーダーであるN西さんご夫妻、H.Jさん、D夫人、U夫人などにお会いして励ましのお言葉をいただき、参加メンバーの方々や米国のリーダーたちは、やる気に満ちた方々ばかりで、本当にたくさんの刺激をいただきました。
 特に、ミズ・アイオワ・ホイールチェアの頸髄損傷者の友人ができたことは、今も続いているSNSを通した交流は、私にとって宝物のような出会いとなりました。
 帰国後に参加させていただいた、このツアーの助成団体である米日カウンシル-ジャパン・TOMODACHIイニシアチブの主催するTOMODACHIサミットに参加できたことも、素晴らしい経験となりました。前々駐日米国大使のルース氏もいらしていて、穏やかで優しそうな方でした。


       ●サミットにて前駐日米国大使ルース氏と

 ルース氏とも、サミットでの討論でも上手く話せず、英語力が足りないことや、優秀な多くの若い方々の中に入り、国際的に活躍している、あるいはしようとしている方々のエネルギーを感じました。若い方々のやる気に満ちた姿に、自分にできることは何だろうと、真剣に考えました。
 またその後、バリアフリー障害当事者リーダー養成研修や、DPIのオリンピック・パラリンピック提言会議、国土交通省交渉、JICAのコロンビアから来られた方々の研修での講師、K-フレンズの当事者委員など、本当にさまざまなことに参加させていただきました。
 アメリカから帰国し、日本のタクシーやホテルの部屋など、バリアフリー化、ユニバーサル化が足りないと思うことがあったので、自分の意見を言い、他の当事者の方々や国や専門家の方々、交通従事者の方々のご意見・取り組みなどについて勉強する機会をいただけて、本当に貴重な時間でした。
 そして現在、新しいことに挑戦を始めました。本年の4月より、東京コロニーのIT技術者在宅養成講座の35期生になったのです。ITに関する勉強はして来ていませんので、新たな挑戦です。はじめての分野ですので躊躇(ちゅうちょ)はあったのですが、偶然の再会がきっかけとなり、挑戦してみることを決意しました。
 在宅勤務を目指したいと思っていた頃、国際福祉機器展で、IT研修受講後、在宅勤務で立派に働いている頸髄損傷者で同じ年の友人に、ばったり出会いました。そのとき、在宅勤務について詳しく教えてもらい、帰宅後さっそく彼の勤務する会社のホームページを見てみました。
 通常業務に加え、インターネットを通した間接的・直接的な方法で特別支援学校への支援を行っており、IT関連の業務だけではなく、今まで大学院で研究して来たことも活かせる可能性がありそうでした。


       ●国際福祉機器展にて研修の先輩の友人と

 さらに、道路やホテルなどのバリアフリー化、ユニバーサルデザイン化と同様に大切な、HPなどのバリアフリー化、ユニバーサルデザイン化をするなど、自分で何かを世の中に対して提供する、作り手になれることにわくわくしました。
 働き方についても、通学の英会話は通うのが大変なのに、スカイプでの在宅での英会話は、毎日続けることが苦にならなかったことから、通勤や体調面などでストレスのあった私には、やはり在宅勤務は合った働き方のように思いました。
 現在は、毎日、勉強の日々です。その日に勉強した内容を、研修生共通の掲示板に報告するシステムになっているので、在宅ですが、他の方々の進捗(しんちょく)状況が分かり、同期生の10代や20代の方々の吸収力の良さに、少々焦るときもあります。でも、マイペースにやっています。分からないところは、月2回講師の方が自宅に教えに来て下さるので、直接質問ができてとても助かっています。
 まずは、国家試験に向けて、目下勉強中です。2年間という長期の研修なので、頸髄損傷者の先輩方にお聞きしながら、介助体制も同時に整えて行きたいと考えています。
 「発展的な退職」後になるよう、そして新たなステージに向けて、夢を大きく持ち、頑張りたいと思います!

神奈川県:Y.F.



 睡眠時無呼吸症候群って恐ろしい 


睡眠時無呼吸症候群(SAS)これは怖い! 私自身、実は自覚症状があって夜中に動悸や息苦しさを感じていました。
 それで先日、岡山県のK医療リハビリテーションセンターにリハビリで入院していたときに、睡眠時無呼吸症候群の専門の先生がいらっしゃると聞いて検査をお願いしました。
 まず、暗室のような監視カメラつきの病室に1泊することになります。私はたまたま入院中でしたので、部屋を1日変わるだけでOKでした。そこで行われる検査は、睡眠ポリソムノグラフィー検査(PSG)と言って脳波、呼吸運動、心電図、いびき音、体の酸素飽和度などのセンサーを全身に取り付けて就寝し、一晩中連続して記録する検査です。
 そりゃ、まるで人造人間になったような姿にはなりますが、これが凄い! かなり笑えますが……。



 この検査では睡眠の深さ、いびきの有無、呼吸の状態、血中酸素濃度を詳細に調べます。
 睡眠時無呼吸症候群では、一晩で30回の呼吸停止があれば重症と言われています。
 軽度の症状であれば骨格などを調べ、顎関節を調整するマウスピースなどでも対応ができるようですが、重症になると外科的手術、あるいはCPAPという装置で対応することになります。
 で、私の検査結果はというと……1時間に78回も呼吸が停止している状態の上に、睡眠の質は『浅い』いわゆるレム睡眠状態が極端に長い。そして、一番恐ろしいのが血中酸素濃度が65パーセントぐらいまで低下していました。
 このまま放置していたら脳梗塞や脳出血、心筋梗塞、心不全など命にかかわる重大な症状を起こす。
 睡眠時無呼吸症候群は上に挙げた脳、心疾患での死亡率が高いそうです。朝起きたら冷たくなっていたのでは嫌ですよね。
 単なる睡眠ですが、私たち頸損者は血圧のコントロールができませんし、呼吸も浅い、首の向きで呼吸が苦しいなどいろいろな症状があると思います。
 自覚症状はありませんか? 【苦しくて目が覚める、動悸がする、お昼に急に眠たくなる】
 一度、検査をしてみるのは必要ですよ。
 重症の検査結果を参考に先生と相談して、私はCPAP(シーパップ)を就寝時に装着することに決めました。
 いわゆる小さい呼吸器になります。鼻から人工的に空気を取り込んで、気道を広げて無呼吸を防ぎます。



 就寝時の呼吸の強さを感知して、空気量をCPAPが調整してくれます。最初は『こんな物を装着して眠れるのか?』と思いましたが、すぐに慣れます。それこそ慣れたら気になりません。
 機械は持ち運び用なので小さいですし、音も少ないです。そして、すごいのはイビキが装着した日からゼロになりました。
 健康は、自分で管理しないといけません。加齢もあります。
 みなさん、長生きしましょう。

広島県:K.T.



 北海道の「バリアフリーホテルあすなろ」さんに泊まってみました 

受傷8年、C5、完全麻痺

 初めての投稿です、私は2009年7月末に交通事故で頸髄損傷となり、2年8ヶ月後に在宅生活に戻りました。「はがき通信」は、私にとっては退院後のバイブル的な存在でした。
 北海道では、公共交通機関や宿泊施設でのバリアフリーはまだまだです。北海道札幌市はまだ良いほうですが、私の住んでいる町は笑ってしまうほどです。



 昨年、私は、妻と北海道乙部町の「バリアフリーホテルあすなろ」さんに泊まってみました。ホテルは、今年4月で開業して2年が過ぎました。
 メールでホテル予約の様式のとおりに内容を書き込み、最後にケアの要望というのがあり、そこに、

 1.大浴場での介助はどの程度まで可能か?
 2.床走行式介護用リフトはあるのか?

   なければ、ホテルスタッフの人力サポートでの車椅子⇔ベッドの移乗のお手伝いをお願いできるか?

 と書き込み送信しました。すると、5日後に支配人さんからのメールが来まして、追加情報提供を求められました。

 1.夫妻それぞれの年齢。
 2.使用されている車椅子の種類。
 3.移乗する際、触れたり抱え上げたときに痛みを感じる部位があるか。
  
 (なお、床走行式介護用リフトはありません)
 4.入浴の際、体を洗うときの注意点はあるか。
 5.入浴時間は長くて30分を考えているが、問題はないか。
 6.食事について
   
食事形態:通常・一口大・刻み食(具体的な大きさ)・とろみ・その他—お選びください)
 7.その他(排泄等)

   オムツ交換:要(交換時間の間隔)・不要
   ドローシーツ:要(ホテルにて用意/持込)・不要

 以上をお知らせくださいますようお願い申し上げます。……とのことでした。
 私は、全介助の状態なのでいつもは訪問入浴サービスを受けています。
 旅先での入浴! まして温泉入浴などはいつもはパスしていましたし、できるとは考えもしませんでした(できても手浴足浴止まり)。
 後日、お電話にて、ふだんの入浴方法や嚥下(えんげ)状態の再確認をされました。
 私のような寝たきり状態レベルの宿泊客は今まで受け入れた経験はないが、ぜひやらせていただきたいとのことでした。食事介助も希望してみると快諾していただきました(私は、普段から妻と同時進行で食事できないことに寂しさを感じていました)。
 追加情報提供の中には、オムツ交換の要・不要もあるので希望すればやってもらえます(基本的には同性介助です)。

 さて当日、ホテルに到着しました。
 チェックインは14時からで、私たちはそのころにチェックインしました。客室ドアはカード式のオートロック(カードリーダーはカードをかざすだけの方式)、横スライドドアでたっぷりの開口部です。客室に入って、まず感じたのはエコノミーツインルームなのに、そのゆったりとした造りです。片方のベッドは、家具調電動リクライニングベッドでした(ベッド柵なし、希望すれば用意してもらえるかと思います)。ツインベッド間で電動車椅子で回転できました(これは珍しいです)。
 お手洗いも広めで車椅子でも十分です(ただ、私は実際にトイレを使えないので見た目の感想ですが)。
 客室内にシャワーや浴槽はありませんでした。クローゼットは、姿見ミラーの裏側を利用します。
 このホテルは母体が社会福祉法人江差福祉会であり、実際に軽度知的障害者も20名ほど雇用しているとのことでした。2階建て総客室数29、私レベルの重度身体障害者でも安心して宿泊できるものでした。
 食事は、レストランで中華料理のコースで私の口には合いました。「とても丁寧な仕事だな」という印象を持ちましたし、何より食事介助してくださった女性スタッフの細やかな心遣いが嬉しかったです。「これがあなたの目的だったのね〜」って、悪意ある妻……「いえ、、、いいえ」とんでもない! 誰に食事介助してもらえるかなんて、事前にお相手を写真指名ができるシステムのオミセでもあるまいし……! いつも食事介助をしてから、一人で食べている妻と一緒に食事したかっただけ!(信じて〜)



 いよいよ温泉入浴です。
 私は、電動車椅子から一度ベッドへ移動して脱衣、バスタオルを背面に敷いて前面をバスタオルで覆い、入浴用リクライニング車椅子に人力移乗してベルト固定(介助してくださった介護士さんは男性2人)、入浴用車椅子に付属しているシートベルトだけでは心もとなかったので、自分の使っている上体固定ベルトもしてもらいました(体幹機能のない私には腰部シートベルトだけでは横倒れするのは必至)。
 一連の男性介護士の介助を見ていた妻は、「大丈夫? 本当に大丈夫?」の連発!
 まあ、この時点で男性介護士は汗だくで、私レベルの入浴介助の経験がないのは明白でした。
 とにかく、大浴場へ移動して脱衣室で紙オムツを外していると、女性介護士さんが2人応援に来て、あらあら大ごとになってきてる〜って感じ!
 洗髪・洗身介助は男性介護士がしてくれて、そのあと大浴槽へ移動しました。浴槽へはスロープになっているが、90度左折が2回必要で、幅がギリギリなので介助は4人がかりでした。
 後で聞きましたが、男性介護士の頼りなさに妻がフロントで大騒ぎしたそうで、2名の応援は緊急対応だったそうです。
 入浴後の着衣などでも妻が不満そうで、私がひと言「部屋の外に出ていろ!」
 心配なのは分かるのだけれど、私の入浴介助もしたことのない外野のブツクサが聞きたくなかったのです。



 確かに重度身体障害者の入浴介助の経験は少ないのでしょうが、経験値を上げる必要はあります。
 私の温泉入浴に関しては当初15時30分から開始予定でしたが、チェックイン時に他の時間でも対応できるということで食後にしてもらいました。
 サウナ、露天風呂、家族風呂、エステもあるのですが、私は利用しなかったのでわかりません。
 翌日はレストランで朝食(パンが美味しかった)を摂り、10時にチェックアウトしてきました。
 ホテル内に遊興施設はなく、コーヒーラウンジ等もありませんでした。
 新函館北斗駅や木古内駅、函館駅からは無料送迎してもらえるようですが、宿泊予約時に申し出が必要となっています。
 よろしかったら皆様も利用てしみてはいかがでしょうか?
 → URL: http://barrier-free-hotel-asunaro.com/ 
 

北海道:I.T.

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