本の紹介:調査報告書「カナダBC州脊髄損傷者の地域生活で改善を必要とする課題」
BCPA(カナダBC州脊髄損傷者協会)の会報にたいへん興味深い報告書が紹介されました。BC州で生活している約1000人の脊髄損傷者(24時間人工呼吸器を使用する頸髄損傷者から対麻痺者まで含みます)のうち約350人の回答を分析した調査報告書です。報告の内容は①地域生活の実態、②生活の満足度と幸福感、③BCPAが優先的に取り組むべき課題の3点です。 この調査はBCPAの活動がBC州で生活する脊髄損傷者や身体障害者に役立っているか、その活動を評価する目的から計画され、実施されたものです。そこでまずBCPAについて簡単に紹介します。 私が最初にバンクーバに調査に出かけたとき、1990年代初め、BCPAの会長は手動車イス使用の対麻痺者でした。BCPAは日本の全国脊髄損傷者連合会や全国頸損連絡会のような当事者組織ではありません。BCPAの本部には健常者の職員もたくさんいますし、会費ではなく、寄付金やBC州の委託事業費などで活動しています。80年代半ば世界初という人工呼吸器使用者のグループホームを開設する際にもBCPAが指導的役割を担いましたし、現在、BCPAはピアカウンセリング、リハビリテーション・カウンセリング、職業訓練サービス、地域生活の支援活動や情報サービスなど提供しています。1950年代からの活動で、BC州脊髄損傷者の地域生活をサポートする重要な組織となっています。 “Coming into Focus“と題する本報告書の調査はUBC(ブリティシュ・コロンビア大学)リハビリテーション学科との共同研究として実施されています。調査の第1段階は少数の対象者に面接で詳細なデータを収集、第2段階は約400人の大集団を対象とした量的データを解析しています。 報告書は、脊髄損傷者の地域生活を以下の項目に関する満足度(10点評価)を分析しています。 ・雇用と就業 ・社会的活動と地域参加 ・コンピュータ ・交通手段と地域のアクセス ・身体的な運動 ・障害に関する情報資源の活用 ・在宅サポートサービス ・家族や友人との関係 ・専門的サービスの活用 解析の結果、下の点が明らかにされています。 ・バンクーバのように専門施設や活動の集中している地域とそうでない地域で生活する脊髄損傷者の生活格差は非常に大きい。 ・脊髄損傷に関する知識は医療福祉職でも非常に不足し、たとえば看護師が交替するたびに当事者が脊損ケアの方法を説明しなければならない。 ・バンクーバでは脊損者の痛みは急性期リハビリテーションで管理するので、慢性痛で悩んでいる人はいないとのことでしたが、慢性痛は脊損者の生活満足度を低下させる重大な問題とされています。とくに健康管理を目的に運動している人が多い中で、痛みによる運動制限が問題視されています。 ・対象者の48%は配偶者あり、31%は一度も結婚したことなし、21%は離婚または配偶者が死亡した人々と、孤独な家族関係の実態も明らかにされています。 ・就業は脊損者の生活満足度や幸福感を高めていますが、39%は失業あるいは働く場を持てない人々でした。 ・公的交通手段の利用では、事前予約が必要であったりして、自発性や自尊心を傷つけられることもあり、外出を諦め、地域社会から孤立している人もいます。 ・地域社会でのアクセスで特に改善が必要とされたのは公衆トイレ、海岸、登山道、プール、マリーナでした。 ・健康管理に関する情報不足は70%と、報告者にとっても驚くほど高率でした。とくに医療職の脊損に関する知識不足、さらに地域の訪問看護師は脊髄損傷による褥創の特徴など情報と知識を増す必要性が強調されています。 ・BC州の財政難を反映してか、サービス必要度の再評価によってサービス供給時間がカットされる傾向にあり、「もし私たちが離婚すれば夫は介助者として費用が支給されるが、私たちが夫婦である限り彼は支給対象の介助者になれない」という脊損者である妻の意見が紹介されています。 ・調査対象者の44%は州政府から介助費支給、30%は当事者あるいは家族の資金で介助者を雇用、27%は介助者雇用の資金なしという回答でした。また回答者の4分の1は介助者に障害に関する教育や情報が必要と感じていました。 ・脊損者にとって家族や友人のサポートは非常に重要視されていますが、「主なサポータである友人でさえ、なお障害に関する理解が不十分」という意見も紹介されています。多くの脊損者にとってペットは重要な伴侶であること、ペットを飼えない人は住宅問題、ペットの世話、スペース、時間、資金の不足から諦めていると回答しています。 さらに既存の尺度を使って7点評価で脊損者の幸福感を測定しています。その結果は以下に示すとおりです。 ・就業者は非就業者よりも生活の満足度や幸福感が高い。 ・障害歴が長い人ほど生活の満足度は高いが、幸福感は高くならない。 ・社会的サポートに満足している人ほど生活の満足度や幸福感が高い。 ・移動手段に満足している人ほど生活の満足度や幸福感が高い。 ・障害管理に関する情報を活用可能な人ほど生活の満足度や幸福感が高い。 ・基礎的な医療ケアに満足している人ほど生活の満足度や幸福感が高い。 ・年齢は生活の満足度とも幸福感とも相関しない。 ・生活の満足度や幸福感は性別には相関しない。 ・生活の満足度や幸福感は教育レベルには相関しない。 ・生活の満足度は世帯の所得と正相関するが、幸福感は相関なし。 最後にBCPAに取り組んで欲しい項目が優先順に示されました。 1.在宅サポート 43% 2.所得保障 38% 3.雇用主や同僚への障害に関する教育 34% 4.看護職などケア供給者への脊髄損傷に関する教育 27% 5.運動の必要性や施設へのアクセス 26% 6.脊髄損傷関係の情報提供 26% 7.公的機関へのアクセス 26% 8.交通手段 22% 9.障害者に使い易く改善されたコンピュータの普及 19% 10.地域社会のサポート 16% 11.家族や友人へのサポートやサービス 16% 12.脊髄損傷者間のネットワーク 12% 以上が報告書の概要です。調査計画や分析は大学の研究者が担当していますが、日本のように脊髄損傷レベル別に分析したり、有意差の検定など統計的解析方法は採用されていません。しかし質的・量的データ分析によって重度四肢麻痺者を含む脊髄損傷者総体の地域生活の実態が明らかにされ、脊髄損傷者が満足度の高い、幸せな地域生活を過ごすには現行の医療福祉サービスのどこに問題があるのか、BCPAとして何を優先して改善に取り組むべきなのか解明した、実践的で、たいへん学ぶべき点の多い貴重な報告と思います。なお報告書の全文はBCPAのホームページからダウンロードして入手できます(BCPAで検索可能)。 編集顧問:松井 和子 自動吸引装置が完成して (前編)
とにかく2年で結果を出さねばならなかった厚労省科学研究補助金による自動吸引装置の開発研究です。さぞや厚労省の方もこんな名もない田舎者に研究費やっていいんだろうか、ほんとに出来るんだろうかと、半信半疑、いや相当不安に思われていたんじゃないかと思います。しかし、出来ました。本当に出来たということを、今少しずつ実感としてかみしめているところです。少しこれまでを振り返ってみたいと思います。 厚労省の関係者の訪問を受けたのは、2002年12月のことでした。日本ALS協会からのヘルパー吸引解禁の要請を受けて、厚労省としても何とかしないといけないと考えたのでしょう。彼らのサーチに、私たちがそれこそ「日曜大工のように」(JALSA東京支部の川口様からいただいたコメント)開発をしていた自動吸引装置がひっかかったようでした。ただ当初、私たちは研究資金援助のお話しを聞いても、こりゃ何か新手の詐欺じゃないのかと、半信半疑でしたが。その後、やはりこの開発は危険じゃないかと確信が持てず、お断りしに厚労省に行った開発仲間のエンジニアの徳永さんが、逆に説得されて作る約束をして大分に帰ってきて、私は呆然としました。当時は、吸引チューブは、気管カニューレを越して気管内に留置していました。その位置に長期に留置する危険性は、医師ではない徳永さんには実感がなかったのかもしれません。資金不足でそのときまで買えなかった気道内圧センサーがこれで買えるから何とかなると思って喜んでいたふしのある徳永さんに、いや、問題はそんなことではなくて……と私は結構暗い気分になったりしていました。 気道内圧センサーを組み込んだ新しい装置が出来たから、患者さんに短時間試験をしてもらおうと患者さんのお宅に訪問する直前、あることがひらめきました。気管内に留置した吸引チューブを、気管カニューレの中までに止めてみよう。早速その方法で試験をしてみたところ、これまで同様に気管内の痰が吸引できました。やった、これなら出来る! 今から顧みて、これが第一のブレイクスルーだったと思います。2003年3月に、そのことを報告書に作成し(これは主に徳永さんが書かれました)、2004年の厚労省科学研究補助金の申請となりました。後から聞いたのですが、こんなアイデア用具の開発みたいなものに研究費をつける価値があるのかと、評価委員会ではかなり議論になったようです。でも何とか通していただけた。気管カニューレに吸引チューブを引き込めるのであれば、気管カニューレ自体に吸引機能を持たせればよい、ということになります。東北にあるメーカーが、この試作品作りに協力してくれることになり、その年の夏には、第一号のカフ下部吸引用気管カニューレが出来ました。 と、ここまでは順調だったのですが、吸引ロジックの作成が思いのほか難渋してしまいました。まず、痰が気管内に溜まると気道内圧が上昇します。それはごく直感的にわかるのですが、それでは正常の気道内圧をどう判断し、それがどのくらい上がったらスイッチを入れるのか。この判断がかなり難しく、さらに自発呼吸が残っていて、むせ動作があると、スイッチが入りまくりになるという問題も出ました。また、スイッチが入って吸引器が動き出すと、痰を吸引している間、すなわち吸引ラインに痰が残っている状態なら換気を奪わないはずと思っても、痰と空気を一体化して吸引してしまうため換気が奪われる現象が生じます。どの段階でスイッチを切るのかということもかなり難しい。結局吸引器のスイッチのオンもオフも結構難しいということになるのです。吸引器のスイッチが入って吸引動作に移ると、気道内圧が下がるため、今度は呼吸器の低圧アラームが発令されます。安全のためにはこれを下げるわけにもいきません。 正直いって八方ふさがりのような状況に追い込まれました。なんとかコントローラーを作ってみたものの、他の研究員の病院でやろうとしても、「山本先生と徳永さんが立ち会っていてくれるのなら、つけてもいい」、と言われる始末でした。研究班の会議でも、そんなややこしいことをせんでも、ずーっと吸いっぱなしに出来んのか。ボーカレード(上部吸引管のこと)を吸引器に接続して連続して唾液を吸引している患者もいるじゃないかというご指摘を他の先生方から受けました。いや、吸引器を下部吸引ラインにつなぐと、いくら吸引量を絞ってもエアリークで呼吸が落ちてしまいますからそういうことはできませんと反論したりしていました。 2005年4月23日 (次号・後編へ続く) 大分協和病院 山本 真 ※自動吸引装置の開発者である山本先生の「Dr.山本の診察室HP」の「コラム山本の主張」より転載させていただきました。 http://www3.coara.or.jp/~makoty/column/list.htm ひとくちインフォメーション
◆「たん」の自動吸引装置 県内の医師ら開発 年度内市販へ動く 難病の筋委縮性側索硬化症(ALS)患者など、気管切開による人工呼吸管理が必要な人たちと、介護者の負担を解消する「たん」の自動吸引装置が、世界で初めて大分県内の医師とエンジニアによって開発された。気管にたまる「たん」は24時間、人の手による除去が必要だったが、医療環境が劇的に変わる。 大分協和病院(大分市)副院長の山本真医師(50)と、徳永装器研究所(宇佐市)社長の徳永修一さん(55)が開発した。 三個のローラーがチューブ(ゴム)を押しつぶしながら回転。チューブが元の形に戻る際に吸引力が生じる。「たん」は患者の気管に入れる医療器具(カニューレ)と一体化させた吸引路から、持続的に吸い込まれ、排出される。 患者には「たん」による息苦しさがあり、気道内閉塞(へいそく)の危険もつきまとう。このため、介護者が終日「たん」を除去する必要がある。 山本医師が「せめて夜間の吸引を自動化し、家族の負担を軽減できないか」と、徳永さんと1999年6月に研究を始めた。 日本ALS協会や日本訪問看護振興財団が支援。厚生労働省も開発を進めるよう要請、科学研究費を補助した。実験や改良を重ね、ことし1月から2月に実施した臨床試験で装置の無効判定は一例もなかった。 国内の特許を申請中で、米国や欧州の特許取得も目指す。薬事法による医療機器承認と、本年度内の市販化に向けて動いており、価格は20万円以下を考えているという。 (情報提供:平成17年5月22日 大分合同新聞) http://www.oita-press.co.jp/read/read.cgi?2005=05=22=574863=chokan ◆待ち望んでいた“夢の装置” ALS医療環境劇的変化へ 「夜間に患者は安眠でき、大きかった介護の負担も軽減される」—。山本真医師(大分協和病院副院長)と徳永修一さん(徳永装器研究所社長)が、人工呼吸器を使う人たちのために、6年がかりで共同開発した「たん」の自動吸引装置。ALS患者や家族は、完成を待ち望んでいた。 大分市の野上昭典さん(55)は開発に協力した一人。2000年から人工呼吸器を着けており、自宅で妻ひとみさん(50)が支える。「わたしが協力できるなら」と、臨床試験の被験者となることを快諾した。 昭典さんは文字盤を目で追いながら「自動吸引装置は非常によかった」と感想。「夜間の除去作業がなくなることが最も重要。介護者の高度な技術が要らないので、幅広い人たちの介護が可能になる」。 日本ALS協会や山本医師によると、県内には103人のALS患者がおり、うち在宅は約30人。全国には約6700人の患者がいる。「たん」の除去に関しては、皆が同じ悩みを抱えているという。 「往診先に6つの目覚まし時計があった。夜間、家族が確実に目を覚ますために、時間をずらして鳴るようセットしていた」。山本医師は吸引の自動化を思い立ったきっかけを振り返る。 「患者が苦痛に感じない方法を探った」と徳永さん。「たん」の安定吸引を目指し、卵の白身やヤマイモを使うなど試行錯誤を繰り返した。「たん」の有無にかかわらず、少量の吸引動作を持続させることに成功した。 夫を介護している大分市の本田良子さん(66)は「夜中に起きなければならなかった。その暮らしを変える画期的な開発」と期待。日本ALS協会県支部は「全国の患者が待っている」と話す。 大分大学医学部の熊本俊秀教授は「装置は患者に優しい上、在宅だけでなく、看護師が少ない夜間の医療施設も助かる」と評価した。 ALS患者に限らず、人工呼吸器を使うすべての患者に有効。市販されれば、世界に需要が広がる可能性があるという。 安全の最優先を評価 金沢公明・日本ALS協会事務局長の話 患者や家族の生活に大きな改善をもたらす朗報。特に安全性を最優先した点を評価したい。一日も早く使いたいという患者はたくさんおり、協会としても研究開発を後押ししたかいがあった。 (情報提供:平成17年5月22日 大分合同新聞) 【編集後記】
「はがき通信」懇親会は親睦を深め合うことが大きな目的ですが、行程を考え準備して遠出することも、もう一つの目的だと思います。四肢マヒ歴の浅い方は、この小倉懇親会を動機付けに出かけられてはいかがですか。もし計画・準備が順調にいかなくても目的地に着くと自信になり、次は応用が利き気分的に楽になりますよ。多くの皆さまのご参加を心よりお待ちしております。 次号の編集担当は、瀬出井 弘美さんです。 編集委員:藤田 忠
………………《編集委員》……………… (2005.7.25.時点での連絡先です) 発行:九州障害者定期刊行物協会 |
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